北九州ツアー門司港編

「鉄は国家なり」がテーマの、11月の北九州ツアー。

炭鉱(田川伊田)〜製鉄所(官営八幡製鉄所)〜積み出し港(門司港)をぶらぶらしてみようかと。

で、ここ2〜3日、11月とは思えるポカポカ陽気でいいあんばい。
おかげさまで炭鉱(田川伊田)〜製鉄所(官営八幡製鉄所)を念願通りにぶらぶらできたので、次は石炭の積出港へいってみようかと。

門司港。

かれこれ30年以上前の話なんだけど、バイク(ヤマハXJ400ZS)で日本一周の旅をしていたとき、下関から関門橋をぶっ飛ばして九州に入った記憶がある。
そのとき、そりゃ関門海峡を渡ったわけだから、もちろん門司という街を通ったはずなんだけど、そんときはこの界隈には立ち寄らなかった(と思われる)。

なのでね、お初にお目にかかります的な。
界隈は、門司港レトロとして、観光にもチカラが入っております。

門司港レトロの見どころ【北九州市作成:最新!!】

wikipediaによりますと

【門司港レトロ】

駅周辺は港と当駅を中心にして古くから栄えた市街地(門司港地区)で門司区の中心部にあたる。現在、当駅駅舎や周辺の歴史的建造物を活かした観光スポット(門司港レトロ)となっている。

ホテルから見える港。
第一船だまり。
すっごく素敵なロケーション。
部屋はデラックスダブル。

そうです、無駄ですが。

・・・なにか?

ちなみに、駅なんだけど、門司駅と門司港駅があって、アレ? ホテルどっちだ、みたいな。
ありがちっすね〜\(^o^)/
そうです、門司港駅が正解です。

で、wikipediaによりますと・・・

【門司港駅】

当初は、九州鉄道の起点の駅、門司駅として1891年(明治24年)4月1日に開設された。
関門トンネルが開通するまで九州の鉄道の玄関口であり、対岸の下関駅との間に就航した関門連絡船との連絡中継駅として賑わった。駅舎は重要文化財に指定されている。日本経済新聞社の2007年アンケート「足を延ばして訪れて見たい駅」の全国第1位にランクされた。

でね、炭鉱(田川伊田)〜製鉄所(官営八幡製鉄所)〜積み出し港(門司港)という「流れ」だったということだから、となると、当時の「流れ」、つまり物流はどんなあんばいだったのかなと。
で、とりあえず鉄道鉄道記念館に行ってみる。

これが関門トンネルで列車を牽引していた、初代の機関車(だそうです)。
無骨でパワフル。
オトコは黙ってサッポロビール、みたいな(←若い衆は知らんだろうが・笑)
いまや絶滅した往年の男子像、みたいな。
プロレスでいうと、黒パンツでのストロングスタイル、みたいな。

講師大澤茂雄
おーさわ

オンナに迎合していない感じで、いいっすね〜。
・・・と、人生の基本スタンスが「オンナに迎合」の自分がいうのもなんですが(汗)

もうちょっと歴史をさかのぼっての、蒸気機関車もあった。

蒸気機関車といえば、みなさんもそうだと思いますけど、東映映画「緋牡丹博徒・花札勝負」を思い出しまよね。

聞くところによると、港の整備より先に行われたのが鉄道の施設だそうです。

鉄道は父たり。
築港は母たり。

・・・なんか、かっちょええ。

さて、ビールでも飲むか。

宅建ダイナマイトの実務系エンタメ講師の石ちゃんセンセーが、例の声で「おーさわせんせー、門司に行くんでしたら、カレーですよ、ぜひ。焼きカレー。うまいですよ」と言ってたので、食ってみたら、うめー。
地ビールもうめー。

11月の平日の昼下がり。
ぜいたくな時を過ごしております。

さて。港に。

門司港レトロ展望室から下関方面。
向こうに見える関門橋。

眼下に門司の街。
第一船だまりとレンガのホテル。

そうだ、連絡船で下関に行ってみよう。
下関側の唐津というところに行く便がけっこうあって、乗船時間は5分ほど。
気持ちいい潮風。

往復して港に戻り、しばしぼぉ〜っと過ごす。
ぜいたくだわ、ほんとに。

コジャレたカフェでコーヒーを飲みながら、持参してきた「《写真記録》関門港の女沖仲仕たち」のページをめくる。

《写真記録》関門港の女沖仲仕たち: 近代北九州の一風景。林 えいだい (著)。新評論。

冒頭より引用させていただきますと

福岡県北九州市門司区、関門海峡を望む港に、かつて「女沖仲仕」「女ごんぞう」と呼ばれる荷役労働者たちがいた。
筑豊炭田と北九州工業地帯の繁栄、ひいては戦後の高度経済成長を下支えした彼女らは、エネルギー転換と技術の進展にともない、やがてうちすてられていく。
港はもう彼女たちを呼んではいない。
だが、港湾労働の職業意識に徹した誇りと自負。
過酷な作業に耐えるたくましさと開放的な笑顔を、私たちは決して忘れない。

おーさわ注:沖仲仕→おきなかし、と読みます。

ちなみに編集部からとして、以下。

「沖仲仕」や「ごんぞう」という言葉は、現在では差別用語とみなされる場合がありますが、本書では歴史的呼称として用いてます。ご理解いただけますようお願い申し上げます。

とのこと。

いまは北九州市門司区となっているけど、その昔は門司市だったそうです。1963年2月10日に、門司市、小倉市、若松市、八幡市、戸畑市が合併し北九州市に。「北九州市」という名称は公募で決まったそうです。
向こうに関門橋が見える。関門海峡にひしめく船。

っていうか、そもそも「仲仕」とはなにかというと。
こちらも本書の本文から少し引用させていただきますが。

仲仕とは、さまざまな荷を船から陸へ、陸から船へと荷揚げ・荷下ろしをする仕事である。
港湾で荷役に就く者を仲仕、海上(船内)で働く者を沖仲仕という。
これらをいやらしい仕事とみなす向きがあり、「仲仕」も「ごんぞう」も蔑称として使われることがある。
だが、これは沖の仕事を理解していない者の考えることだ。
少しでも彼女らを知れば、そのような見方ができるはずはない。

・・・・とも。

あと、「沖仲仕」をどうして「ごんぞう」というのだろうか。

日雇港湾労働者のことを、関東では「ハマの風太郎(ぷうたろう)」、阪神では「ミナトのアンコ」、北海道では「ゴモ」、そして北九州(門司・若松)では「ゴンゾ」ないしは「ごんぞう」と呼んだ。
この呼称がいつから始まったのか、はっきりした記録はない。
土地の古老が伝えるところでは、明治24年(1891年)、石炭荷役請負業者の自念組が、日本郵政の荷役を請け負ったときにさかのぼる。
このとき、組が神戸から連れてきた沖仲仕たちのなかに権蔵(ごんぞう)という若者がいた。
たいそうな力持ちで、荷役の技術も抜きん出ていた。
色白の美男子で、しかも任侠心に富んでいたので、たちまち若い娘たちの憧れの的になった。
組の親方である自念金蔵は、なにかにつけて「権蔵を見習え」と言った。
ところが権蔵は若くして肺結核で亡くなってしまう。
その死を悼み、門司では「ごんぞう」の名を、沖仲仕の代名詞として用いるようになったという。

さて、彼女らはどんな生活を送っていたかというと。
以下、本書より引用を続けます。

昔から「浜(ハマ)と「炭鉱(やま)は朝が早い」と言われる。
職業安定所での日雇労働者への斡旋は、午前7時20分から始まる。
登録された者には、輪番制で各社(港湾運送会社や荷役請負業者)のチケットが渡される。
一日の仕事の始まりは職安にありと言われるように、ここでの割り当てがないとその日はアブレることになる。
職を求める男女の港湾労働者の群れと、名前を呼び上げるスピーカーの音が入り乱れて騒々しい。

で、どんな仕事だったかというと・・・。

8時には、ポンと呼ばれる通船(かいせん。港から荷役が行われる本線まで人や道具を運ぶ船)が、労働者たちを乗せて沖の本船めがけて一斉に離岸する。
本船に乗り込むと、船底の広大なダンブル(貨物置き場)で重労働が始まる。
石炭や小麦をスコップでモッコと呼ばれる網(満杯になると甲板までモッコごと引き揚げる)に移す入鍬(いれくわ)、小麦などの袋が破けるとすばやく繕う針(はりや)など、その手さばき、体さばきは見事としか言いようがない。

さらに。

石炭船や旅客船など、欧州航路の大型船が次々と入港すると、二オールナイ、三オールナイという恐るべき長時間労働が行われた。
「オールナイ」、つまりオールナイトといっても、単なる徹夜ではすまされない。
一つ終わると次の船、さらに別の船へと満足な休憩もとらず、六十数時間ぶっ続けで働くこともあった。
これほど過酷な連続労働に耐えてきた彼女たちの話を聞くと、残酷さを通り越して人間業ではないような気がしてくる。

・・・なんだか、ね。

本来、港湾荷役という重労働は、女がする仕事ではないと言われている。
関門港独特の「天狗取り」という石炭荷役(「手繰り」が訛って「天狗取り」になったと言われている)や、鉄鉱石等を網に移す「モッコ取り」などの重労働は、男の沖仲仕でも耐えがたいほどの苦痛をともなう。
しかも、関門海峡の潮流は激しく、時化(しけ)の日の荷役は命が縮まる思いがするという。
重労働の上に危険このうえない職場である。
どれだけの人たちが命を落としたことか。

通船も本船も、関門海峡の早い潮に大きく揺れる。
そのうえ雨でも降れば、ジャコップ(縄梯子)のロープが滑ってはなはだ危険だ。
落ちたら最後、よほど海が穏やかでなければ助けてもらえない。
救助する側も命にかかわるからだ。
荷役自体も危険を伴うが、仕事場に向かうところから、彼女たちの命がけの仕事は始まっている。

関門海峡の潮の流れは非常に速く、船から落ちて溺死した者の遺体が長崎や四国で見つかることもあった。

そもそも、門司の歴史的背景なんですが。以下。

明治20年(1887年)以降、(門司港は)石炭の積み出し港として、さらには船舶燃料の焚料炭(バンカー)を積み込むための寄港地として栄えてきた門司の長い歴史がある。
これら積み出し・積み込みの荷役に女沖仲仕が必要とされたのであり、それがこんにちまで引き継がれてきたのだ。

その後、どうなったかというと、昭和25年前後あたりまでだと、ニッポンのエネルギー源の8割くらいは国内の石炭だったんだけど(たぶん)、その後、石炭から石油(重油)となり、「筑豊の石炭」も衰退していく。昭和30年ごろから筑豊では閉山が相次ぎ、結果として石炭輸出港であった門司港も大打撃を受け、徐々に人は港から離れていった。
そして、機械化。コンテナ化。

・・・消えゆく沖の仕事。

ちなみにバナナの叩き売りは、門司が発祥らしいですわ。

wikipediaによりますと

【バナナの叩き売り】

バナナの叩き売り(バナナのたたきうり)は、かつて露天商、的屋が行う、独特の口上を述べながら客を引き寄せてバナナを露天で売る手法(いわゆる啖呵売のひとつ)。大正時代初期に福岡県門司市(現北九州市門司区)の門司港周辺で行われたのが発祥と言われている。

啖呵売ってわかる??

wikipediaによりますと

【啖呵売】

啖呵売(たんかばい)とは、ごくあたりまえの品物を、巧みな話術で客を楽しませ、いい気分にさせて売りさばく商売手法である。
昔の縁日や露天商、路上販売などで、よく行われていた。 地口などを混じえた流れるような独自の口上は一種の芸(芸能・芸道)としても評価されており、「バナナの叩き売り」などは有名な例である。また、実演販売は、商品価値を具体的にPRするマーケティング手法であり、より洗練された現代版啖呵売といえる。

講師大澤茂雄
おーさわ

つまり、我々がやっている講師稼業とかですかね。

それでは啖呵売を。
「地口(=言葉遊び)などを混じえた流れるような独自の口上」の見本を、寅さんにて。

講師大澤茂雄
おーさわ

「四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水くさい。四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水、粋な姉ちゃん立ち小便。」
ワタクシの授業でのリピートアフターミーは、この「寅さん」になりたいという思いがベースです。オマージュですね。

そうこうしているうちに。

門司の夜は素敵よ、とみんな言ってまして。
たしかにそうです。
素敵です。

で、ホテル。
これがまた、超絶いいロケーションのデラックスダブルルーム。

こんどはオンナと来てーよぉ〜(涙)

悶絶して寝る。

北九州ツアーの続き。炭鉱に行ってみた編。

そりゃもちろん、30年ぶりくらいに訪れたわけだから、そんなにくわしいわけじゃないけど、北九州といえば炭鉱かな、くらいな知識はありますわ。

みなさんもそうでしょ。

だがしかし。
漢字で書くと駄菓子菓子。
2020年4月から民法上の用語として消滅するのは瑕疵。
それを使えば、だがし瑕疵。

・・・・はい、気が済みました。

でね。

ところが、北九州=炭鉱ではなくてですね(すみませんっ!!!)、九州地方の内陸(という言い方でいいかどうかわかりませんけど)にある筑豊地方に、かつて驚くほどの数の炭鉱があって、そこで採掘された石炭が北九州方面に運ばれ、官営八幡製鐵所での製鉄、門司港や若松港から積み出して、とのことらしい。

それを知ったのは、今朝です(笑)。
えー、そうですよ、グーグル先生です。

結局のところ、わたしゃ東京のことしかわからんようであります。
だから、旅。
実際に行ってみないと。

・・・・ということ次第で、小倉駅からディーゼルカーで福岡県田川市にある田川市石炭・歴史博物館に行ってみることにした。
炭鉱跡地にある博物館。

講師大澤茂雄
おーさわ

ちなみに娘2号(高1)に「パパはディーゼルカーに乗っているよ」とLINEしたら「ディーゼルカーってなに?」とのこと。
そして「いま学校だからあとにして」とのこと。

小倉駅から1時間くらいっすかね。

でね。
「炭鉱」っていうと、ほら、八つ墓村(若い衆は知らんですね・笑)の洞窟みたいなイメージ、または、2019年の映画『貞子』主演・池田エライザ(おっさんは知らんですね・笑)の洞窟みたいなイメージだったんだけど。

ぜんぜんちがうんですね。
「街」だったようです。

街の下が炭鉱(という言い方でいいかどうかわかりませんけど)。

炭鉱というと「炭坑節」。
ここが炭坑節の発祥地だそうです。

月がでたでた、月がでた。
あんまり煙突が高いので
さぞやお月さん
煙たかろ

「あんまり煙突が高いので」の煙突がこれのようです。

で、やっぱり、これですよね。
威風堂々。

人や物を、このカゴで地下に運んだり、地下から運び出したりしたんですかね。

展示品もいろいろありまして。
けっこうリアル。

・・・っていうか、本物ですね。

そうそう。
訪れた日は11月だったんだけど、気温が20度くらいありまして。
そしてもちろん平日。

なので誰もいない。

お、炭鉱住宅だ。

こんにちは〜。

・・・あらシゲさん。

ヨネさん、ども。あれ、ダンナは?

・・・・いいじゃない、そんなこと。

この角度が好き。

もう一度いっておきますが。
11月なんだけど20度くらいあったこの日、もちろん平日なので誰もいない。

ぐふふ。

動画はこちら!!

そして気が済んだワタシは、官営八幡製鉄所に向かったのでありました。

【元祖】歌って踊れる宅建主任者の会

「最古」「レジエンド」とかいいますと「またぁー」と怒られますが。

平成6年度のときのみなさん。

講師大澤茂雄
おーさわ

そうです。
某大手専門学校での「自称・人気講師時代」のときの面々。

今年も中華料理で「歌って踊れる宅建主任者の会」が開催されたのでありました。
かれこれ、何回目かな。
T氏が一覧にしてくれたのを持っていたので、ちゃんと見ておけばよかった。

いまだに仲良く、こうして飲んだり食ったりしてくれてます。
長い付き合いになったね。
どうもありがとう。

あ、そうだそうそう。
いまは宅建士(宅地建物取引士)という名称となっておりますが、当時は宅建主任者(宅地建物取引主任者)という名称だったのよね。

なので、そのまま旧姓を使っております。

そんでね。
平成6年って、えーと、いつだ? みたいなことになりますでしょ。

ね、最近は令和だし。
生まれは昭和だし。

で、1994年ですね。

かれこれ25年前。

夕方、講師MIKI嬢と来期の打ち合わせをしていたんだけど、「あ、そろそろいくわ。これから平成6年組の合格者の面々と飲み会だわ」といったら「わたし平成6年は2歳」と。

えーーー!!!!
2歳かぁ〜!!!!

いや、そりゃね、アタマではわかるんだけど、えー、そっかぁー、えー、えー、みたいな。

宅建講師稼業自体は、平成元年(1989年・25歳のころ)から足を踏み入れているわけだから、平成6年というと、30歳くらいか、オレは。

講師稼業も6年目で、まさにイケイケ。
ブイブイやってた30歳〜\(^o^)/

ぜっこうちょーでしたぁ〜。

そういえば、あんときいくつだったんだっけ?

HK嬢「え、23歳〜❤」
AY嬢「え、大学生〜❤」

かぁーーー!!
そうでした、はいはい、そうでしたぁ〜!!!

思いだす、夏の、たしか、建築基準法あたり。

そうだ。
見せブラ。
黒〜!!!

ねねねねねね、そういえばさ、あんときさーーーー!!!

ぐはははははは〜
やだぁーーーーー

まだ持ってる?

ぐはははははは〜
やだぁーーーーー

と、ここから先は、もう、エロ魂が激しくスパーク!!

講師大澤茂雄
おーさわ

すっげー楽しかったっす。

こういうことを、毎晩、やっていたい。

バカスカ食って飲んで、おバカえっち話全開で、いやぁ〜、笑った笑った。

とりあえず、恒例の記念写真!!!

せんせー、またね。

なんて言ってくれるもんだから

これからもあらためません

と言っておきました。

あらためなくて、いいみたい。

ぐははは。
また会おう〜\(^o^)/

そして30年ぶりの北九州〜\(^o^)/

おーさわシゲオです。

11月のビーチリゾートも、いい天気でした。
まるで無駄に豪華に、さわやかな朝。

さすがに「浜辺で牡蠣を食べまくり食べ過ぎ」で、昨夜はメシを食えず。

結局、原稿も書く気にならず、ワインだけガバガバ飲んでアマゾンプライムでバチュラー(シーズン2)を見まくって、いいオンナがいっぱいるなぁ〜ともだえつつ、もし許されるのであれば、誰でもいいからこの部屋(無駄に豪華なツインルームであった)で押し倒したい(笑)

・・・と、妄想しながら寝落ちして、そして朝。

さて行くか、北九州。

タクシーを呼んでもらって、最寄り駅。
在来線で新幹線の駅まで行き、キティーちゃん。

昨日いっしょに牡蠣を食べまくった関西K嬢に「キティーちゃんだよ」と、事実上意味のないLineを送る(笑)。

「わ、かわいい」と、事実上意味のない返信が来る(笑)。

道中、ハイボールと柿の種を堪能しながら、北九州S嬢に「結局、これから行くわ」とLine。

「えー、明日の夜に来るんじゃないのぉ〜」と、事実上「迷惑なんですけどぉ〜」的な返信が来る(笑)。

講師大澤茂雄
おーさわ

あっはっは。
おもろい。

・・・あ、だいじょうぶ。テキトーに夜はキャバクラとかで遊ぶから〜\(^o^)/

ならよかった、とのこと。

そして小倉駅。

30年ぶり(たぶん)
バイクで日本一周をしていたとき以来(たぶん)

とりあえず、今宵の宿、どーっすっか。
ということでトリバゴで検索。

チェック!

1泊2,462円のツイン。
10%のTAX:243円
合計で2,669円。

安っ!!!

写真がメッチャきれい。
きっとウソだろなーと思いつつ、ま、いっか。

とりあえずホテルに向かい、チェックイン。

で、そしたら。
なんじゃこりゃ〜
えぇーーー
これで2,669円で、いいんですかぁ〜

と恐縮してしまう。

今宵も無駄に豪華なツインルーム。

くそぉ〜

すべが許されるのであれば、ここで誰かを押し倒したい(笑)

講師大澤茂雄
おーさわ

おーさわ注:2019年12月以降の「チャラチャラ交遊録」では、「ここで誰かを押し倒したい(笑)」というフレーズを、記事のどこか(場合によっては2ヶ所以上)に入れてみようと思います。

話を戻して・・・

そんでまた、レストラン&Barもコジャレてて。

階段もこんな工夫があって、おもしろいなぁ〜!!

なんかね、スタッフのみなさんの対応も気持ちよくて、みなさん全員、このホテルを愛してるという感じがビンビンに伝わる。

講師大澤茂雄
おーさわ

もういちどお聞きしますが、ほんとに2,669円でよろしいんでしょうか。

そんでまた、北九州S嬢も言ってたけど、北九州は、たしかに、なにを食っても美味い。

で、ここのレストランでメッチャ美味かったのが「チキン南蛮」。
メニュー的には、たしかに何の変哲もないんだろうが、空前絶後の美味さ。
熱々で、そんでもってサクサク感、タルタル南蛮の酸味とタマネギが、あぁー悦楽の、絶妙エクスタシー。

マジ美味い。
バカスカ生ビール。

あぁー気持ちよくなってきた。

よしっ!!!!

メシも食ったし、行くか、小倉の街ナイトクルージング。
今宵は、キャバクラ嬢と恋に落ちよう〜\(^o^)/
まだ8時過ぎだ。

よしっ!!!!

まずは無料案内所だ、あそこにあったな。

よしっ!!!!

・・・と、いろんなところが盛り上がっていた、そんな矢先に、娘2号(次女・高1女子)から

「パパ、いまどこ?」

とLINE。

・・・北九州の小倉です。これから打ち合わせです。残業です。

すると【悲報】と。

・・・・え、なになになになに!!!!!

「メダカが死んだ」

・・・・えぇぇぇーーー!!!

いったん部屋に戻り、心を落ち着かせる。

・・・・何匹、死んだ?

「どんどん死んでる」と娘2号。

写真を送ってくる。
娘2号が調べたところ、どうも「水カビ病」ということらしい。

オレが愛してやまないメダカが・・・。
ところで、なぜオレが「メダカ」なのかというと・・・。

そもそもは、孫1号(1歳6ヶ月)が、ご近所の「おばあちゃん」からメダカをもらってきた(らしい)

当初は娘1号夫妻が育てることにした(らしい)

だが、いつものことなんだが、どうもめんどくさくなった(らしい)

そしてこないだの10月の日曜日、ウチに、へんなプラスチックの容器を持ってきた。

そこからがたいへんで、よくよくみたらへんなプラスチックのなかに大量のメダカがいて、水は白濁し異臭を放ち、「どうみてもこのままだとまもなくぜんぶ死ぬ」と娘2号がいうので、あわてたオレは、近所のペットショップに行き、サイズLのメダカ飼育水槽セットを買って、それにセットされている投げ込み式フィルターの、フィルター交換材も用意しておいたほうがいい、というので買い、その投げ込み式フィルターにはオプションで活性炭カートリッジというのがあって、これもあわせて使うほうがいいというのでそれを買い、メダカ最適とうたってあるピンク色の砂利を4キロも買って、水草もいるのかと聞いたらあったほうがいとうので、カボンバとマツモを大量に買い、そういえば水道水をいきなり水槽にいれるとアレでしょ、といったら、えぇアレです、というので、カルキ抜きの液体を買い、そしたら、最初は水槽の水にバクテリアはいないですよ、というので、いないとどうなるのか、と聞いたら、生物ろ過できない、というので、じゃあそのバクテリアはどこにいるのか、と聞いたら、空気中です、というので、その空気中のバクテリアをどうやって水槽の水に入れるのか、と素朴な疑問を投げかけたら、自然に任せます、というので、どれくらい任せればいいのか、とさらに素朴な疑問を投げかけたら、1ヶ月ですかね、とのんきなことをいうので、いますぐなんとかならんのか、とますます素朴な疑問を投げかけたら、これを買え、というので、バクテリアの液体を買って、あ、水槽の照明がいるかも、というので、最新型の高価なのを買って、それから、メダカ用をすくうのに必要だというので網を買い、水換え用にはこのセットがいい、というから、水換えセットを買い、水槽のレイアウトはどうするのかというから、どうすればいいのか、と聞いたら、じゃあこの石を買ってレイアウトを、というので、石を買って、コケ対策はこれ、というので、それを買って、あと、なんかいろいろ買って、4万円。

在りし日のメダカ。

どーだ。
きれいだろー。

と誰かに自慢したくて、K君にLINE。
きれいですね、と、お約束の、事実上意味のない返信も来たので、オレは満足だった。

よし。
では娘2号、あとは頼む。

そう告げて、パパは旅立ったのだった。

そこうしているうちに、娘2号から、またLINEがきた。

「1匹くらいしか生き残らないかも。」

・・・マジかぁー。

「あたし、そのメダカに、名前をつけようと思う。」

・・・そうだな、そうしよう。そのメダカを応援しよう。

「がんばってほしいよね。」

・・・もちろん、そうだ。がんばってほしい。

「じゃあ名前をつけるね。」

うん、そうして。で、なんていう名前にするの?

「シゲオ。」

・・・続きはキャバクラで!!!

なんと、DISCO、年内閉店〜涙

ミラーボールとお立ち台!!
80年代のキラキラ輝くあのころが、そのまま再現っ!!!

血が騒いだら、一緒に行こう。
あのころの、夜へ。

がしかし。

あーなんということでしょう。

ここ10年くらいかな。
毎週水曜の夜に繰り広げられていましたDISCO CLASSICなんですが。

このビルの地下2階なんだけど、このビルが取り壊しとなった模様。

えぇー、そうなのぉ〜涙

みたいな騒ぎになって、ここんとこ、水曜の夜は、ここに。

何年ぶりだろう、毎週DISCOに行ってるなんて。

でも楽しい。
今宵も、サンバチームのおともだちとワーキャー。

ちなみにですね、ここに集結している面々のプロフィールですが。

チェック!

いつ:1980年〜1985年ごろ、
どこで:新宿・渋谷・六本木のDISCOで、
どんな:夜遊びしていた人たち

つまり。
バブル時代にTokyoで夜遊びしてて、そしてそのまま大人になった男女。

・・・という、極めて限られた面々。

なので、この空気感がめっちゃ快適。
落ち着くわ〜。

心が落ち着く3つのポイント

その1:女の子(当時の、ですね・笑)がいっぱいいる。
その2:薄暗くて大音量&ミラーボール。
その3:男の子(当時の、ですね・笑)が肉食(オンナ好き)。

なんなんだろうな、この安心感。
めっちゃ楽しい気分。
なんだろ、なんだろ、この空気感。
なにかに似ている。

・・・そうか、同窓会だっ!!

でもね、単に「同世代」だとしても、新宿(GBラビッツ、B&B、ゼノンなど)、渋谷(キャンキャン、スターウッズ、ラスカラなど)、六本木(ディージェンシー、ナバーナなど)で夜遊びしていない人たちだと、まったくおもしろくない、かも。

ちなみにですね、世代的にも「45歳」くらいだと「えー、ぜんぜん知らない〜」という感じになります。

だがしかし。

今年(2019年)はここに、オレは精力的に若い女性を連れ込んでみた。(←字面にするとけっこうウケる)

というのもですね、たぶん、「失われる文化」だもんね、これ。

「あのさー、バブル世代てさ、こんなに楽しいんだぜ〜(楽しかったんだぜ〜)」みたいなことを見せつけておこうかと。

ぐはは。

あ、そうだ。
そんとき連れ込んだ若い女性の写真を検索してみよう。

えーと、彼女は・・・??

あ、人妻A嬢だ。娘1号(長女のこと)と同い年。

で、えーと。

あ、ウチのMIKI嬢っすね。

そんで、あー、あれ??

おー、よっしー嬢じゃないかっ〜。

あと、MK嬢、T嬢と、あと誰だったかな。

講師大澤茂雄
おーさわ

以下、省略っす(キリがなかった・笑)。

でね、彼女たちは異口同音なんだけど、こんなふうなことを。

「大人が楽しそうにしていると、なんか安心する」

・・・・おー、なるほどね。

そういわれりゃ、たしかに50代。
たいへんそうな人は、たいへんそうな顔をしているかな。

おかげさまで、とりあえず、オレたちは、
その1:元気。
その2:介護問題もなし。
その3:子育てもいっちょあがり。

でもね。

いまだに「色恋沙汰騒動」は現役バリバリ感。

あっはっは。

すべてが許されるのでれば、全員、押し倒したい(笑)

そして、我らのディスコマン登場〜!!

大盛りあがり〜!!!

でね。
ここは、そうなんですよ、往時のDISCO「ラジオシティー」の跡地。
そのラジオシティーが、ここに、来週復活。

この店自体は年内いっぱいの営業みたいなんだけど、「DISCO CLASSIC」は、どうやらラジオシティーの再現で終わりのようです。

もちろん、我々も行きます。

料金もいっしょだし、たぶん、集結する面々もいっしょなんだけど。

最後を、見届けてきます。

11月。浜辺で牡蠣を食べまくる\(^o^)/

新聞記事によりますと

都心11月 20度超9日〈最も暑い秋〉
2019年11月30日(土)の読売新聞(夕刊)

とのこと。

同記事によると〈今年の秋(9月〜11月)は気温が高く、東日本、西日本の平均気温は、ともに過去最高を更新する見通し〉だとか。

だよね。

この日も、暑かった。

兵庫県のとある浜辺で、牡蠣の食べ放題。

前々から行きたく。
かれこれ7年くらい前かな。
んー、もっと前か。
たしかまだオレは40代だったか。

で、当時の、自称公妾(←よくわからんですね・笑)のS嬢が「いっしょに行こうよ〜」と誘ってくれていた浜辺。

で、どうということもないんだけど、ふと思い出し、なんとなくそんな気になったので、それに11月は宅建のシーズンオフだし時間もあるし(春までヒマだし)で、行ってみようかなと。

「つきあってあげる」と言ってくれた関西在住の宅建ダイナマイターズK嬢と最寄りの駅で待ち合わせて、海沿いの道をタクシーで疾走。

海。
いーね。
久しぶりの香り。

食べ放題の時間なんだけど、「90分で」とお願いしたところ、お店の人が「60分でいいんじゃないかしら?」というので、じゃあ60分で。

延長もできますし。

・・・・あ、なるほどですね。

で、「あのね、せんせー、でね、でね」と、彼女とも久しぶりにあったもんだから、話もはずんで、そんでもって、おバカえっち話もワーキャーで、楽しいったらありゃしない。

バカスカ食う。
で、レモンサワーをおかわりするたびに

おつかれもんさわ〜\(^o^)/

とカンパイ。

結局延長。

もう、食って飲んで、あー、潮風が気持ちいい。

オマケに、目の前に美女。

すべてが許されるのであれば、そりゃもちろん押し倒したい〜(笑)

今日、あらためてわかったこと!

講師大澤茂雄
おーさわ

オレはこういう感じの日々が好き。

「で、せんせーはいつからこっちに来てたの??」

・・・きのう。

そう、きのう大阪方面で用事があったので、大阪で1泊。

きのうの宿泊先は新今宮。
大阪だといつもここ。

今朝もいいお天気で、ホテルの窓からの1枚。
ついでに界隈も散歩してきました。
ドキドキ感満載の、ディープな場所です。

で、きょうは海で、あー、なんていい気持ちなんだろ〜。

「ねぇせんせー、今回の旅、これからどこ行くの?」

・・・あ、北九州。

「えー!!!」

・・・北九州在住の宅建ダイナマイターズS嬢と待ち合わせ。

「いまから行くの?」

・・・えーとね、いつだっけか、あ、明後日かな。

と、きわめてあいまいな日々。

得意とするパターンだ。

いっしょに行く?

と、とりあえず、聞くだけ、聞いてみる。

「んー、行けないかも」

とのこと。

ここで注意してほしいのは、行かない、という返答ではなかったということだ。

よく読んでほしい。

ない

講師大澤茂雄
おーさわ

そう、あくまでも「け」。

チェック!

行けない、というのと、行かない、というのとだと、可能性の幅が極端に違う。

「け」と「か」。

もちろん「け」が好き。

とかなんとか、そうこうしているうちに夕方。

持参してきたMacBook Air(実は原稿の締切もあって、結局、夜はホテルで仕事なのだが・・・)でトリバゴ。

宿を探す。

よし、ここにしよう。

じゃ、こんど東京方面に来るときは連絡されたし。

「はぁーい」

タクシーを呼んでもらって、海沿いを疾走。

駅で彼女をおろし、また海辺を疾走し、無駄に豪華な、デラックスツインに向かう。

そして原稿(笑)。

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