【引用してみます】「儲けのルール7★成功するためには長時間労働が不可欠〜弱者の時間戦略〜」

上位15%

宅建試験に合格するためには(=上位15%に入るためには)、自分より「できない人」が85%いればいいワケなんだけど、ところが世の中、そうそう自分に都合いいことだけが起こることもないですしね。

受験者が20万人とすれば、上から3万人(上位15%)まで。

「上位15%」を高校のときの教室で思い出してみると(かなり前できごととなる方は思い出すのもたいへんだが)、いるでしょ、天才・秀才クラスのお友だちが。

ちょうど、上位15%くらい(40人教室だったら5人か6人)だったんじゃないかなと。

そうなんですよ、彼ら彼女らは、読解力に優れているのです。
アタマがいい=生まれ持った天性の才能(読解力)が違う。

がしかし。
そんな天才・秀才は宅建試験を受験するだろか。

しないです(独断と偏見で断言〜笑)

きっと彼ら彼女らは、もっともっとむずかしい話、もっともっともっとむずかしい試験にチャレンジしているであろう(と信じる)。

ちょいと話がそれるが、こないだ、新宿の古刹で座禅を組んでいたとき、僧侶から「ご縁」という話をいただいた。

自分にとって都合の悪い人とは出会わない、というのも「ご縁」なのだそうだ。

なるほどな。
そういう意味では、ワタクシは、たいへん「ご縁」があった。
出会わないでくれてありがとうございます、と、誰に言ったらいいのかよくわからないのですが、この場を借りまして、感謝の言葉を述べさせていただきます。

弱者の時間戦略

さて、ふつうの人たちが、上位15%にのし上がるために、なにがいちばんだいじなことかというと「時間」らしいです。

ワタクシの愛読書から引用させていただきますと。

弱者の時間戦略
成功するためには長時間労働が不可欠

成功を合格と置き換えてみたりするといいかも。

天才はいいんです、長い時間働かなくても。
でも、凡人は働く時間が年間3200時間以上でないとダメです。独立する場合、とくに最初の5年間は年間3700時間以上必要です。

〜途中略〜

一つの分野で考えて考えて、一つの狭い分野でものすごい時間を投入しないと、人のできないものを身につけることはできません。

途中略〜

とにかく、天才以外の凡人が人より抜きんでて豊かな人生、経済的に豊かになるには長時間労働が不可欠なんです。これを正直に書いているビジネス書や経済書は非常に少ない。

いかに時間を効率的に使うかなんて本はたくさんありますが、それは質の分野。ふつうの人は、まず時間の絶対量を増やさねば質も上がりません。

小さな会社★儲けのルール 255頁

深夜の中華料理店にて

そういえば、かつて、某大手専門学校で「自称:人気講師」を名乗っていたあのころ、同僚の人気講師MK嬢と、深夜、三●園という中華料理屋でビール&ザーサイを楽しんでいたとき、「ワタシたちの合格指導って言ったってさぁ、結局さぁ〜、その人に時間があるかどうか、なのよね」と言っていたことを、思い出しました。

今回は以上です。

宅地建物取引業者がプロ野球チーム【1973年(昭和48年)】

こんにちは。
宅建ダイナマイト学会の理事長のおーさわです。
今回の「宅建的な謎に迫る」は、不動産業界とプロ野球を取り上げてみたいと思います。

時代考察【1973年(昭和48年)】

インターネットがなかった時代。
娯楽がテレビだった時代。
一家に一台しかテレビがなかった時代。
そして巨人戦しかテレビ中継がなかった時代。

同世代の野球少年だったみなさま。
こんな時代がありましたね。

なので、巨人(と、我が「スワローズ」)が 所属しているセ・リーグはともかく、パ・リーグは「まったくの謎」でした。
極端にいうと、一切の情報がない。
ただ「ある」ということは知っていた。
それが逆に、妙にミステリアスで、ゆえに変にとっても、興味があった。

そんな時代に、たった10ヶ月だけ存在したプロ野球チームが、パ・リーグにあった。
それもなんと、宅地建物取引業者が所有していたチームだったと。

1973年。
昭和48年。

そんな時代を振り返りつつ、宅建ダイナマイト学会として「どういういきさつで宅地建物取引業者がプロ野球チームを所有するに至ったのか」という「宅建的な謎」に迫ろうと思い立ち、読んでみました。

なお以下、書籍引用部分を含め、検索に引っかからないようにするため(逆SEO対策のため)●●と伏せ字を多用させていただきます。

関係者の皆様、ご了承ください。

虹色球団-消滅球団をめぐる旅

虹色球団。
七色のユニホームとも。
ゴタゴタ続きで低迷するチーム。もちろん観客動員も良くなく、「なにか改革を」「話題作りを」ということだったようです。
がしかし、ものすごくコストもかかった模様です。
チーム約70人として、1人7着のユニホーム。
ユニホーム1着につき、アンダーシャツもストッキングも全部変わる。
選手も「今日の試合のユニホームはどれだっけ」的なノリで、間違いもけっこうあったとか。

選手たちからは「派手すぎて恥ずかしい」「まるでチンドン屋のようだ」と不評であった。

虹色球団 161頁

まず、「あとがき」から引用させていただきます。
まさに、同世代(自分よりちょっとお若いですが・笑)の著者のおっしゃるとおり!!

子どものころから、「野球本」を読むことが大好きだった。
あの頃、選手名鑑や大百科、大全の類を読んでいると、その巻末には「球団変遷史」が必ず掲載されていた。そこで目にしたのが「高橋ユニオンズ」であり、「クラウンライターライオンズ」であり、「●●ホー●ライ●ーズ」だった。
〜中略〜
東映フライヤーズの後を受けて、73年に発足した●●●ームフライヤーズはわずか1年でなくたっている。
(どうして、たった一年で潰れちゃったのかな?)
当時の僕は「高橋ユニオンズは三年、クラウンライターライオンズは二年、そして、日●ホー●フラ●ヤーズは一年」という事実にとても驚いた。
〜中略〜
やがて大人になても、僕は「野球本」を読み続ける熱心や野球ファンとなった。
〜中略〜
●拓ホームフラ●ヤーズについても、経営が立ち行かなっくなった東映の後を受けて、土地ブームの中で台頭した新興企業が運営に乗り出したものの、諸々の誤算とともに一年で断念。日本ハムに身売りしたことを知る。

虹色球団 234頁〜235頁

「土地ブームの中で台頭した新興企業が運営に乗り出した」とは

当時の空気感を味わうためのキーワードは、やはり「土地ブーム」でしょう。
「土地ブームの中で台頭した新興企業が運営に乗出した」というフレーズをもとに、当時を振り返ってみましょう。

1973年。
昭和48年。

さて、宅建ダイナマイターズのみなさん。
当時、どんな時代だったでしょうか。

そうです。
田中角栄さんの「日本列島改造論」
空前の不動産ブーム
地価高騰が著しく、翌年に国土利用計画法が緊急立法された、あの時代ですね。

当時の世情につき、参考図書はこちら。

世界一おもしろいぶっちぎり宅建第4巻
〜でも先生がだ〜いスキ!!〜

注:まったく売れなかかったため、絶賛絶版中

法令上の制限→6
第25講義
悲話! なぜこの法律が生まれたのか・・・
〜地価高騰と、死者多数〜

以下、抜粋しておきます。

(国土利用計画法の)コンセプトは地価凍結法。地価高騰と戦うために緊急立法された。国土法施行に伴い設立された運営官庁が、いまは懐かしい「国土庁」。40代のみなさん(おーさわ注・これを書いた当時、自分は40代だった)、そんな役所ありましたよね。

そもそもは、1972年(昭和47年)に田中首相が誕生したことが端緒となる。そのときからいろいろ楽しいことが起こり始めた。そう、日本列島改造論。公共投資をバンバン行い、土建土建土建! いまの道路公団をはじめ各種の土木工事系の団体が、いちばんきらめいていた時代だ。ニッポン人の“土地大好き魂(DNA)”に火がつき、評論家が“一億総不動産屋”と揶揄したりした。

日本列島改造論の下地となったのが、新全国総合開発計画(新全総)。1969年に当時の佐藤内閣によって定められた。新全総の基本目標は全国を7ブロックに分け、“全国土の均衡のとれた拡大(開発)”であり、札幌-東京-福岡の2,000kmを交通・情報通信を主軸とする国土開発を行うことにあった。ワクワクするような時代。

たまに“昭和の時代”というようなコンテンツを見ると「なるほどな」と思うこともある。それは、“当時はまだニッポンは発展途上国だった”という事実。実際、当時の日本の社会資本の立ち後れは決定的だった。だから「列島改造」という言葉、いや言霊とでもいったほうがいいか。それが国民に強烈な夢を与えたということもできる。「豊かになろう」という夢だ。

それでもって、全国的効果を期待する高速道路、国際空港、国際港湾(新東京国際空港,青函トンネル)などが、広域ブロック単位での効果を目指す国道、地方空港、大規模工業基地などが、生活圏の基盤強化を目指す都市計画道路、下水道などなど、次々に大規模プロジェクトが行われたそうな。

で、結果的に、全国的に地価高騰の狂乱ドンチャン騒ぎが繰り広げられることになった。それで国土利用計画法。地価高騰を抑えるために緊急立法。売却価格があまりにも高額な場合や、土地利用目的がいい加減(投機的取引)な場合、役所は「取引をやめろ」というようなことができた。具体的には許可制度と届出制度が用意されたのだった。

「いんちき商法まかり通る」の報道

さて、そんな時代に、今回の主役となる「宅地建物取引業者」は、まさに、まさにの急成長を遂げておりました。

どうやら、いんちき商法にて。

となるとですね、宅建ダイナマイターズのみなさんは、いったいどんな「いんちき商法」だったのか、そっちにも興味がありますよね。

では、以下、今回の参考書籍から該当部分を一部引用させていただきます。

喜劇とそっくり。インチキ別荘地売りつけ

悪の手口はセールスマン募集から始まる。あらゆる新聞広告欄に毎日のように大きな広告を出す。初任給も高いから安心して応募してくる。一年に千人入社するが、また千人は辞める。普通の会社なら大問題だが、ここでは、そのほうがありがたい。なぜなら、新入社員は即お客さまなのだ。つまり、親類縁者の全名簿を提出させ、それらに売りつけさせるのだ。

虹色球団 53頁に掲載 日本消費者連盟創立委員会が発行する「消費者レポート(72年3月27日号)」孫引き

(新入社員研修をがっちりやって)
「利殖のためにこの土地を買わないヤツはバカだ」と自然に考えるように新入社員を洗脳する。
洗脳された社員は、まず親類縁者にセールスをする。それが終わると、社用車をフル稼働して高級住宅街を回って飛び込み営業をするのだ。
そこで少しでも土地に関心ありそうな客を見つけると、夜討ち朝駆けで徹底的に追い詰める。

虹色球団 53頁に掲載 日本消費者連盟創立委員会が発行する「消費者レポート(72年3月27日号)」孫引き

「土地を買わないヤツ」を「不動産投資をしないヤツ」に、「土地に関心ありそうな」を「不動産投資に関心ありそうな」という言葉に置き換えると、ちょっと前の「大騒動」を思い出しますね。業界(人)特性としての「永遠の普遍性」を感じるところでもあります。

なお、「夜討ち朝駆け」「徹底的に追い詰める」は、現行の宅建業法での禁止事項に抵触すると思われますので、一般消費者のみなさん、どうぞご安心ください。

そして別荘地「現地見学」

いよいよ当日の朝には、玄関にデラックス車をピタリ。上野駅から黒磯までグリーン車に乗せる。車内では貴賓扱いだが現地に近づくにつれて、もっぱら土地の話に切替える。そしていよいよ那須高原が見えてくると一芝居を打つ。

虹色球団 53頁〜54頁に掲載 日本消費者連盟創立委員会が発行する「消費者レポート(72年3月27日号)」孫引き

以下のセリフ回しは、宅建ダイナマイト合格スクールでの小芝居をするときの脚本です。参考図書の表記に多少の脚色を加えておりますが、大筋は参考図書の記述内容を参照しております。

会社の課長が偶然、車内に乗り合わせていた。
課長と自分が、客の目から避けるようにして(そういう体で)小声で話す。

課長:(これから見学する土地について)道路は未整備だ。
自分:そうなんですか!!

課長:草ぼうぼうだ。
自分:ちょっとまずいですね。

課長:しかし、これから東北自動車道が開通する。
自分:え、極秘情報ですね。

課長:さらに工場進出の可能性がある。
自分:まじですか。

課長:だから地価上昇の可能性がとても高い。
自分:じゃ、今日にでも買っておかないとまずいですね。

しかし現地に行くと、道路は舗装され、雑草はきちんと刈り取られている。マイナスイメージを受け付けられていた客は「意外と整備されているじゃないか」と考えるのだという。

虹色球団 54頁

黒磯駅にはピカピカのセドリック(おーさわ注・懐かしい車種です。2004年に生産終了のようです)が待っている。現地には直行せず、一流のホテルへ。まずは風呂。いっしに入って背中を流す。上がると超デラックスな酒宴。飲めや歌えやでもてなす。気の弱い人はここでダウンしてしまう。
お客を現地に連れていくときは絶対に直行しない。那須御用邸など観光コースを通って”目を回して”からいよいよ現地へ。現地には別荘なんか一軒も建っていないが、「何々様別荘用地」の看板の林立。これはお客の到着寸前に立てて回る場合もある。

虹色球団 54頁に掲載 日本消費者連盟創立委員会が発行する「消費者レポート(72年3月27日号)」孫引き

たしかに「喜劇の台本そっくり」です。その昔のドリフターズの「8時だよ全員集合」の舞台を大急ぎで作るみたいな(笑)

そして72年4月24日朝日新聞夕刊の記事。

最近、売込みのさかんな別荘地の分譲に詐欺まがいのいんちき商法が横行している。電気もひけなければ、水も出ない山林、荒れ地を「値上がりしたら責任をもって転売してあげます」という約束つきなのに買主が転売を申出るころには、当のセールスマンはクビになって行方不明。会社も「そんな約束は知らぬ」と逃げるという手口。衆院の物価問題特別委員会でもこのほどとりあげられ、建設省は被害の実態がわかり次第、免許取消しなどの処分をすることに決めた。公正取引委員会もウソつき表示の疑いが濃い、として調査に乗出した。

虹色球団 55頁に掲載 72年4月24日朝日新聞夕刊 孫引き

果たしてクーリング・オフは可能か

ということで、いまはもう見ることもない、往年の、典型的な「温泉旅行無料招待商法」なんですけど、別荘地での売買(現地売買)ということで、となるとみなさんご存知の「クーリング・オフ」制度の出番ですね。

これらの売買は、クーリング・オフの対象となるでしょうか。
果たして「当時のお客たち」は、できるでしょうか。

答えは・・・・

「当時のお客たち」は、クーリング・オフはできないのであります。

なぜだっ!!!

宅建業法にクーリング・オフ制度が盛り込まれたのは、昭和55年(1980年)から。

当時、宅建業法に「クーリング・オフ制度」はなかったのであります!!!

以下、専門書より引用します。

(いわゆる「クーリング・オフ制度」は)昭和55年第八次改正により宅建業法にも取り入れられた。宅地建物の売買においても、たとえば別荘地の分譲、山林の現況有姿売買などにおいて、強引な訪問販売や、無料招待旅行先の温泉地宿泊地などでの強引な販売が多発したことに対処するためである。

[詳解]宅地建物取引業法 明石 三郎 (著)、 椙 征一 (著)、 磯野 英徳 (著)、 上原 洋允 (著)、 岡本 正治 (著) 1995/12/1 大成出版社 296頁

不動産取引におていは、昭和50年頃から宅建業者が消費者を温泉地等に無料招待し、旅館の一室や観光バスの中で強引に別荘地分譲、山林の現状有姿分譲を勧誘し売りつけるといった温泉旅行無料招待商法、原野商法が社会問題にまでなった。これは、宅建業者が利用価値のない山林、原野を別荘地として販売し近い将来値上がりが見込まれるかのごとく虚偽の説明をするもので、強引な勧誘を受けた者の多くは不動産取引の経験や知識のない消費者で、購入意思が不安定なままに購入申込書や売買契約書に署名や指印をさせられた例がほとんどであった。民法の規定では、いったんなされた買受けの申込みは一定の要件がない限り自由に撤回できず(民法521条1項)、成立した売買契約は解除事由がない限り解除できず、購入者が詐欺・強迫による取消し、錯誤無効等(注:出版時点では錯誤無効だった)を理由に契約関係から離脱し手付金等の返還請求をしようにもその立証が困難であったため、数多くの購入者が泣き寝入りをする等集団敵な消費者被害が顕著となった。そこで、昭和55年の改正で、割賦販売等のクーリング・オフ制度に倣い、売主業者等の強引な勧誘により購入意思が不安定な状況下でなした買受け申込み又は売買契約の締結について、購入者が一定期間内に限り無条件で申込みの撤回又は解除ができる規定を設けた(不動産業課・新宅建業法解説164頁)。これは、消費者の利益を保護する見地から化益の拘束力に関する民法の原則について特例を設けた民事特別規定である。

[逐条解説] 宅地建物取引業法 岡本 正治 (著)、 宇仁 美咲 (著) 大成出版 2012/9/1 558頁

ここからの対応が迅速だった!!

さて、72年4月24日の朝日新聞に記事が出たその後の展開ですが。
これがさすが、なんです。
経営者の対応がすごいんです。
乗り越えちゃうんです。
以下、参考書籍から引用させていただきます。

二十四日の夕刊でトラブルが発覚し、翌二十五日に電話対応をし、二十七日には●●自ら謝罪。二十八日には一件落着している。その後、解約を申し出ている客に対しても同様の対応策を取り、事態の沈静化を図り、それは一応の成果を見せている。

虹色球団 56頁

トラブルを抱えつつも、当該宅建業者の業績は右肩上がりを続け、そしてついに、プロ野球界への参入ということになるわけで、そしてここから先の、あぁ〜波乱万丈。

・・・とてもおもしろいのですが、ちょっと長くなったので、続きは、また。