宅建ダイナマイト合格スクール

【宅建ダ】さてみなさん『亜細亜⻁列刺』はなんと読むのでしょうか。かつての死因第1位。

きょうは漢字のテストでーす。

これは今から140年くらい前の明治19年(1886年)の原因別死亡順位です。

それぞれ、なんて読むのでしょうか。

東京府(当時は東京府だった)の病院で亡くなった人の死因だ。

たぶん読めないだろうから、各自ネット検索でもしてみてくれたまえ。

 

第1位『亜細亜虎列刺』:9,254人

第2位『脳膜炎』:3,203人

第3位『胃加答児』:2,608人

第4位『小児急癇』:2,366人

第5位『肺労』:2,153人

第6位『卒中』:2,031人

第7位『脚気』:1,473人

第8位『老衰』:1,428人

第9位『肺炎』:1,245人

第10位『気管支炎』:1,143人

 

ちなみに第13位に『梅毒』、第16位に『破傷風』、そして現在の死因第1位である『ガン』は、ようやく第17位に顔を出している程度。

この年は『亜細亜虎列刺』、つまりアジアコレラが猛威を振るったらしい。

そうか、東京にもコレラか、と今となっちゃホントに不思議な気がするが、これって、ウンコの話のときにもちょこっと出てきた。

令和4年8月7日のウンコと飲み水のアレだ。

https://t-dyna.com/sewer/

と、リンクを貼ってもどうぜ読まないだろうから、ウンコの部分を転載しておく。

なんて親切なんだオレは(←自画自賛)

住んでいる地域の下水道がウンコも雨もいっしょに流す「合流式」だと、大雨のときにマンホールから吹き出す下水にはウンコがまざっているので注意だ。

 

【なぜ東京都では合流式下水道が採用されたの?】

明治時代のはじめ頃、東京ではコレラの流行による多くの死者が発生するとともに、地盤の低い地域などでは大雨による浸水被害が頻発していました。
そこで、トイレの水洗化などによる衛生環境の改善と雨水の速やかな排除とを同時に対応するため、合流式下水道による整備が採用され、下水道は安全で快適な都市の早期実現に大きく貢献してきました。
古くから市街化が進展した国内の大都市や世界の主要都市でも、合流式下水道が採用されています。

 

『亜細亜虎列刺』のほか、『脚気』とか『破傷風』で死ぬ人もいっぱいいたっていうのが、なんかすげー。

この騒ぎから、たかだか100年ちょっとで、医療ってものすごく進歩したわけだ。

いまいないでしょこれで死ぬ人って。

なので、こういった死因が全部解消された結果、当時は第17位だった『ガン』が繰り上げ1位になったということらしい。

 

ちなみに平均寿命。

男:42.8歳

女:44.8歳 

 

なので当時は高齢者問題とかなかったんだろうね。

いまは120歳までみんな生きようと必死で、せめて100歳までは生きないと損だ、みたいな。

健康第一。

健康のためなら死んでもいい、という人もいっぱいいるしな。

あは〜\(^o^)/

 

あ、でね。

話を戻して、この『亜細亜虎列刺』の大流行をなんとかしなければと、まぁそういう話にもなりますよね。

お察しのとおり、『亜細亜虎列刺』大流行の原因は、やはり飲用水の不衛生。

なのでTokyoは威信をかけて、みんなの命を守るため、上水道の一大革命を試みたのだった。

井戸や神田上水、玉川上水の水をそのまま飲むのではなくて、浄水場を作って濾過し、近代的な水道を作り上げようじゃないか、と。

で、Tokyoはどうしたかというと、オランダからある技師を呼んだ。

その名は“ファン・ドールン”。

彼に調査を委託して水道建設を設計させたのだった。

 

東京都水道局のHP《東京の水道・その歴史と将来》

近代水道の創設

https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/suidojigyo/gaiyou/rekishi.html

一部引用します。

 

明治時代を迎え、江戸から東京へと変わっても水道は依然として江戸時代のままでした。
しかし、上水路の汚染や木樋の腐朽といった問題が生じ、また消防用水の確保という観点からも、近代水道の創設を求める声が高まりました。さらに、明治19(1886)年のコレラの大流行は近代水道創設の動きに拍車をかけました。
こうして、明治21(1888)年、東京近代水道創設に向けて具体的な調査設計が開始されました。
この水道は、玉川上水路を利用して多摩川の水を淀橋浄水場へ導いて沈でん、ろ過を行い、有圧鉄管により市内に給水するもので、明治31(1898)年12月1日に神田・日本橋方面に通水したのを始めとして、順次区域を拡大し、明治44(1911)年に全面的に完成しました。

 

そうなんです。

作ったんですよ、広大な面積を誇る淀橋浄水場をね。

オレが持っている資料にも、ちょこっとだけ写真があった。

たぶん貴重な写真なのかも。

 

 

玉川上水の水を引き入れて浄化し、中野、渋谷、文京の3区全域と、新宿、中央の大部分、さらに千代田、港、台東、江東、豊島、北、荒川の一部にも給水していたみたいだ。

大活躍じゃないか、淀橋浄水場!!

ところがね。

明治のコレラ渦を救い、そして67年に渡り大活躍を見せた淀橋浄水場も、周辺の宅地化の進行にともない邪魔者扱いに、というよくある話。

で、どっか遠くへいけというとこで、郊外に去っていきました。

以上、淀橋浄水場物語でした。

さてみなさん。

ではここで問題。

そんな広大な浄水場、一体どこにあったのでしょうか。

 

ここです。

 

 

現在、西新宿の超高層ビルが林立する辺りから新宿中央公園にかけての広大な土地にあったのだよ。

淀橋浄水場跡を中心とする空地の利用については、“都”は利権のからみやすい乱開発を許さなかった、というような文献もあり、結果として、今現在、整然と10以上の街区に区分され、超高層ビルが立ち並んでいる。

そうなのだ。

この区画ひとつひとつが「特定街区」となっているのだ。

 

 

『特定街区』について

通常であれば、この西新宿にあるような超高層ビルを建築することはできぬ。

なので、ある種の特別ルールを適用することにより、かような巨大建築物を建築することができるようになるのだ。

つまりここだけよと“特定”した、特別な“街区”に、特別ルールを適用して巨大建築物を建築しようじゃないか、ということになる。

ドッカーンと超高層ビルを建てようというような魂胆だから、特定街区では、一般的な容積率の制限などは適用されず、その代わりに、都市計画において、その特定街区独自の『容積率の最高限度』、『建築物の高さの最高限度』、『壁面の位置』が定められる。

一般ルールに縛られていたんでは、チンケ(!?)なビルしか建ちませんもんね。

そりゃ一般ルールも必要です。

 

どうせなら、ドドーンと立たせたい。

どーだ。

おらおら。

ぐはははははっ

 

ときにはそんな一般的なルールを蹴散らしてでも、ランドマークとなるような、巨大な建築物も、街には必要だろ。

ということで、ここには10個以上の“特定街区”があります。

たとえば・・

「1街区」東京都庁《高さ163m:地上34階地下3階》
「2街区」新宿NSビル《高さ134m:地上30階地下2階》

という感じ。

ちなみに「8街区」の新宿住友ビル《高さ200m:地上52階地下4階》の1階に、これが展示されてます。

『亜細亜虎列刺』を退治してくれた淀橋浄水場のの水道設備。

 

 

 

 

みなさんもここを訪れたら、往時を偲ぶよう、こういうふうに覗いてみよう。

 

 

ちなみにだが。

オレのお気に入りはこの超高層ビルだ

どーもー、と両手を水平に広げているような感じが、バカっぽくて好き。

 

 

 

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2022-08-12 | 【What's New】