どいつもこいつも。怒りのデスマッチ。深夜の孤独な戦いを制す。

合格体験記mariko

【第1の刺客】龍神を語り、給料を奪う社長。

まず最初に現れた理不尽は、職場の社長だった。
突然スピリチュアルな世界に傾倒した。

「息子は龍神の生まれ変わりだ」
「娘はその龍神を守るために命を受けてこの世に生まれた」
「尊い二人だ」

真顔で語り始めた。

そんな職場の空気に危機感を覚えながらも、私は必死に働いていた。
私にも守るものがあるのだ。

しかし、社長は
「(他の会社で働いている)息子は手取りはたったの24万」
「こんな給料じゃ結婚もできない」
「子供も産み育てられない」
「不憫だ」
と、毎日嘆き続ける。

・・・ため息しか出ない。

24万か。
シングルマザーとして2人を育てる私の手取りは、その「不憫な息子」よりも低いのだ。

なぜ私が大幅減給なの?

そんな職場でも、そこに頼るしかないのが私の現状。

それにしても。
私の給料を知っているくせに。

嫌がらせのように、そんなことを言い続ける社長の無神経さにいらだつ。
いらだつ上に、社長の言動や立ち振舞が、私の心を深く傷つけた。
突き刺さり、激しく血が流れる。

さらに追い打ちをかけてきた。

「世の中はベーシックインカムができるからお金の価値がなくなる」
「給料なんていらなくなる」

そんな理屈で、私に大幅な減給を迫ってきたのだ。
そもそもベーシックインカム論だって賛否両論で、実現の目処すら立っていない、途方もない夢物語に過ぎない。

でも私は、ここでの薄給に、生活のすべてがかかっているので必死に訴えた。

「それでは生活できない。考え直してほしい」

しかし返ってきたのはこれだった。

「あなたがいると会社の運気が悪くなるから会社にいて欲しくない」

そのまま退職へと追い込まれた。
途方に暮れた。

転職か。
となると履歴書だ。

真っ白な履歴書の資格欄。

その白い刃が「自分の無力さ」を突きつけてくる。
また血が流れた。

なにか自信を持って履歴書に書ける資格が欲しい

母子家庭支援の方に紹介された「宅建ダイナマイト」に問い合わせを入れたのは、そんな切実な思いからだった。
切実な思い、というと聞こえはいいが、ベースにあるのは理不尽さに対する怒りだったかもしれない。
その年、とりあえず勉強してみた。
案の定、時間が足りない。
結果、わずか“2点差”に泣いた。

大号泣しながらおーさわ校長に電話した。

「受かるまで面倒見るから」
「もう1回やってみろ」
「だいじょうぶだから」
「いっしょにがんばるから」

・・・電話口のそんな言葉に、私は再度大号泣した。

宅建がすべて、じゃないんだろうけど、でも。
私は立ち上がろうとしていた。
合格に賭けてみる。

なにかが変わるかもしれない。

前を向こう。
もう一度。

だが、そんな私に、追い打ちをかけるような言葉を投げつけたのは、信頼していた友人だった。

【第2の刺客】「無駄だよ」とせせら笑う友人。

「なんで今の仕事と関係ない、そんな無駄なことしてるの?」
「未経験の業種に飛び込む意味がわからない」
「今までの経験がもったいないよ」

なぜ、そんなことをいうの?
血の気が引く、とはまさにこのことだ。

人が、自分の人生をなんとか立て直そうと必死になっているのに、他人が「無駄」だと断じる。
私の覚悟。
私の流した涙。
現状を打破しようとするこの足掻き。
それらすべてを無価値だと突き放し、せせら笑う。
彼女が言う「意味」のなかに、私の幸福や希望は入っていないのだ。

私自身の存在すら「効率」や「損得」という自分の天秤にかけて論じる破廉恥さ。

私は残酷に処刑された。

意味があるかないかは、私が決めてやる。

このとき、私は「ちょっと待った」と思った。
私は私に問いかける。

そもそも、コイツ、私の“友人”なのか?
前の職場の社長も、私にとって意味のある人間だったのか?

そんな他人たちに、振り回されているだけ?
もしかして、それだけのこと???

他人の言動に影響されてしまい、挑戦をやめようと一瞬でも思った自分に、腹が立つ。

それが、私の中に眠っていた最後の火種に火がついた瞬間だった。

怒りのデスマッチ。
そっちが仕掛けてくるのなら、やってやろうじゃないか。
私は私を取り戻してやる。
この挑戦が正解だったと、結果で証明してやる。

あと2点という悔しさもある。
2度目の宅建への挑戦。

私は「宅建リベンジ」という名の孤独な戦いに身を投じた。

襲いかかる 深夜の「喪失感」

フルタイムで仕事をし、家事を終え、ようやく自分に戻れるのは夜の21時。
そこから週に一度のおーさわ校長のZoom講義を受け、深夜1時まで机に向かう。

限界ギリギリに漂う自分。
慢性的な睡眠不足だ。

土日は寝溜めと家事で潰れる。
勉強時間は平日の深夜に捻出するしかなかった。
朝活も考えたが1分1秒でも寝ていたく無理だった。

年齢のせいにはしたくないものの、でも40を過ぎての受験勉強は過酷だった。
日常生活に追われ続け、やってもやっても記憶が定着しない。
一歩進んでは二歩下がるような感覚。
せっかく覚えた知識が、指の間から砂がこぼれ落ちるようにさらさらと消えていく。

しかも2度目の勉強なのに。
去年一通りやっているのに。
全く覚えていない!

結局のところちゃんと理解ができていなかったのが原因なのだが、そのときは「覚えられない恐怖」症候群に陥った。

すると何をやってもダメだった。
「私は無能な人間なんだ、こんなこともできないんだ」
どんどんメンタルが、果てしなく際限なく、病んでいくのがわかった。

私は私を再び、喪失しそうだった。

孤独な深夜、私を救った「般若心経」と「デスマッチ」。

高校受験の時よりも勉強したと思う。
あの頃は深夜ラジオや音楽を聴きながら勉強できたが、年齢を重ねた今はそれができない。
音がうるさくて気が散るのだ。

勉強が進むヒーリング音楽を流してみるものの、それもうるさくて気が散る。
でも、無音は孤独で寂しくて勉強に身が入らない!

またしても空回りする自分。
気ばっかり焦って深い喪失感に襲われる。

「とりあえず気を落ち着けよう」

・・・YouTubeで辿り着いたのは、「般若心経」だった。

クリスマスもハロウィンも楽しむ私だが、とても落ち着く気がするのはなぜ?!
一番聞きやすい般若心経を探し求め、最終的にはお坊さんの人生相談の説教をひたすら聞く。
「おすすめ動画」はお坊さんの般若心経と人生相談と説教で埋め尽くされた。

襖の向こうで寝ている子供たちからは「般若心経を流しながら勉強するお母さんは怖かった」と言われたが。

そしてもうひとつ。
私を力技で支えてくれたのがプロレスの「デスマッチ」だった。

蛍光灯で殴られ、はさみで頭を切られ、カミソリボードに体ごとぶつけられ、血まみれになりながら、そして何度も何度もガラスまみれのマットに叩きつけられ、そんな逃げ出したくなるような痛みの中で、まさに死に直面しているような状況の中で、それでも果敢に立ち上がり戦いを続けるレスラーたち。

デスマッチファイター。
「彼らはあんなに血を流して戦っている。それに比べたら、私は実際に血を流しているわけじゃないし死ぬおそれもない。私のこの苦しみなんて、彼らの覚悟の重さに比べたら屁でもない!」

さらにもう一つ、ある女性芸人さんがひたすら無言で食事をする動画が私を救ってくれた。
「おいしい」とひたすら叫ぶ動画はうるさいだけだしね。
この、彼女がただボソボソと呟きながら黙々と食べるその音が、深夜の部屋に「一人じゃないんだ」という安心感をもたらした。
その適度な咀嚼音がとても心地よかった。

般若心経を聴きながら。
女性芸人がボソボソと食べる「食事動画」の咀嚼音で深夜の孤独を埋めながら。
血まみれの「デスマッチ」で心を燃やし続けながら。

極限のメンタルコントロール。
そんな精神状態で、私は戦い続けた。

自分を信じるための戦略「模試は受けない」

私は自信を失いやすいタイプだ。
だから、おーさわ校長の「見たことのない問題で自信をなくすくらいなら、模試はやるな」という教えを忠実に守った。

宅建ダイナマイトでも模試を作っているクセにそんなことをいうんですよあの先生は。

試験直前の時期、私は満を持して、一つの単元を徹底的に潰していく作戦に出た。
「今日はこの単元」と決め、過去問を暗記するレベルまで何度も繰り返し解く。
余計なものには手を出さず、手元の過去問の“精度”を極限まで高めていった。

変なアドレナリン

試験前日、持ち物を確認すると筆記用具は「HかB」とあった。
しかし、私はどうしても知人からの「2Bの合格鉛筆」を使いたかった。
この「2B」に運命を託すと決めてもいた。

「どうせ、同じ炭素でしょ。」

と意気揚々と会場へ向かったが、机の上の注意書きには「HかB以外は採点不可」の文字が。

どうしよう私。
と、普通ならここでオタオタするところだが、その時の私は、極限状態デスマッチファイターと化していたので、変なアドレナリンが出ていた。

不安は力技でねじ伏せてやる。

「炭素の含有量の問題に過ぎないから、絶対に読み取れるはず!」

そんな、根拠のない、けれど揺るぎない確信。
いや、根拠がないから揺るぎようのない確信。

そのまま「2B」の合格鉛筆で挑んだ。
マークシートの全解答を「2B」で黒く黒く、押し通したのだった。

試験終了後は手応えがなさすぎて「また1年やり直しだ」と号泣しながら帰宅。
しかし、速報で自己採点すると結果は41点。
今度は嬉しさと安堵で、違う意味の大号泣。

・・・ただ。

「もし、あの鉛筆のせいで採点されなかったら……?」
「マークミスどころか、鉛筆の濃さで不合格になったら一生後悔する……」

一安心したはずなのに、今度は「2B」への不安が押し寄せ、合格発表まで生きた心地がしなかった。

憧れの戦士の前で流した涙

晴れて合格を手にした後、私にはどうしてもやりたいことがあった。
深夜の孤独な勉強中、画面越しに私を支え続けてくれた、あの憧れのカリスマデスマッチファイターに会いに行くことだ。

彼が血まみれで戦う姿を見て、「私はまだ血を流していない、まだ戦える」と自分を鼓舞してきた。
会えたら、どれだけあなたの姿に救われたか。

山ほど感謝の言葉を用意していた。

けれど、プロレス会場でいざ彼を目の前にした瞬間、言葉はすべて消え去った。
私はただただ号泣してしまった。

彼の温かい手を握りながら、絞り出すように言えたのは「頑張ってください、応援しています」という、ありふれた言葉だけ。

横から見れば、ただの熱狂的なファンが感激している姿にしか映らなかっただろう。
でも、あの時の涙は、単なるファン心理からものではなかった。

合格までの辛かった日々。
理不尽な言葉に耐えた夜。
そしてそれを乗り越えて今ここに立っている自分……。

彼の手の温もりを通して、それらすべてが溢れ出してしまったのだ。

あの時の涙は、孤独な深夜に般若心経を聴きながら、ボロボロになりながら、でも賢明に戦い続けた「自分自身」への、最高のチャンピオンベルトだったのかもしれない。

これから受験する方へ。

もし今、理不尽な環境で自分を見失いそうになっているなら、その悔しさをどうか「エネルギー」に変えてください。
勉強中、覚えたはずの知識が砂のようにこぼれ落ち、自分の無力さに打ちひしがれる夜もあるでしょう。
あまりの孤独に、般若心経を聴かなければ心が保てないほど追い詰められるかもしれません。

でも、それも自分自身です。
不器用でも、ボロボロでも、その場に踏みとどまっているだけで、あなたはすでに戦っているのではないでしょうか。
心が折れそうなときは、何かにすがってください。
私の場合は、血まみれで立ち上がるデスマッチレスラーの不屈の姿であり、無言で食事をする女性芸人の咀嚼音であり、お坊さんの説法でした。
格好なんてつけなくていいと思います。
ゴングが鳴るまで、決して諦めないでください。
その先には、誰にも邪魔されない、あなただけの自由な未来が待っています。

私がこの挑戦を通して得た一番の宝物は、宅建士証という一枚のカードではありません。
「自分は、あんなに苦しい時でも、あそこまでやり抜くことができたんだ」
その揺るぎない事実こそが、今、私の人生の大きな財産となっています。
流した涙も、深夜の喪失感も、勉強が進まない自分への苛立ちも。
すべてが「人生の糧」になってくれるはず。

合格はもちろん嬉しい。
けれど、それ以上に「自分を信じて、孤独なデスマッチを戦い抜いた」という経験が、これからの私を支えてくれそうです。

勉強していた日々や時間はあっけなく消えてしまいますけど、でも、私には「勉強していた日々や時間」がしっかり残っています。
それがこれからの人生を、何倍も強く、豊かなものに変えてくれると信じています。

最後に。
鉛筆はHかBを推奨します。

ぜんぜん、知らなかったなー。
えーーー、なんか、そっかー、そんな理不尽なことがあったんだーーー。

marikoさんに限らず、なんだけど、それにしてもなー、合格体験記を読んではじめて知ることになる、あのときの宅建ダイナマイターズの日々。

いやーほんとすまんすまん、当時はよくわかってなかったぜ。
あはは(笑ってごまかす)

それにしても、あっぱれ。
奮闘しましたねー。
あらためまして合格おめでとうございます。

そういえば、よく泣いてたね。
思い出しました。
体験記を読んで、あぁそうだったそうだったと。

でさ、オレもプロレスが好きだから、デスマッチの話、大日本プロレスとか、フリーダムとか、その手のことで盛り上がれて(←授業中にね・笑)、とても楽しかったです。

ってかさ、オトナの女性で、デスマッチが好きっていう人、めったいないしね。
なのでmarikoさんはオレにとってとっても貴重な存在でした。

あとね、般若心経、オレも好き。
最後の「ぎゃーてーぎゃーてー」のところの、あの語感とリズム感。
ひさしぶりに聴いてみようかな。

いずれにしても、まぁほんとに、とにもかくも、良かったよ受かってくれて。
どうもありがとう。
講師冥利に尽きます。
重ね重ねになりますが、合格おめでとうございます。

そんじゃ都合がいいとき、タイミングがあえば、プロレス観戦に行こうぜ。
しばらくデスマッチを見に行っていないので、久しぶりに「新木場1st」とか行ってみたいです。
そんで、メシを食いましょう。
楽しみにしています。

宅建ダイナマイト合格スクール
おーさわ校長(大澤 茂雄)