「遅いぞ、娘!」父が遺した和帳に涙。大家✕宅建業で自立する、逆襲の50代。

宅建合格その後。

2024年(令和6年)10月の宅建試験に合格してから、1年半近くが経ちました。
最近、私は不動産業界にいるので受験当時は身近に一人もいなかった「今年宅建受ける」という人がゴロゴロいます。

私が一発合格したことを話すと「頭が良いんだねー」と言われますが、それは違います。
めちゃくちゃ勉強したのです。笑

さて、前回、執筆した合格体験記で、最後に「人生の後半戦、まだまだやれる気がする」と言い切ったワタクシ、51歳になっております。

私の2025年、一言で言えば「凄まじい」1年でした。

元旦、父との約束

2025年1月1日。
宅建に合格したばかりの私は実家にて父に「不動産をやるから、協力よろしくねー」と相談しました。
父は群馬の不動産屋。
テナント物件をたくさん所有する大家です。
もう80歳ですが、まだまだ現役です。

宅建合格とは言え、これから実務講習を受ける身。
実務経験なし。
未経験で不動産業に関わるには父を頼ろう、それが一番早いし、まあなんとかなるだろう……そんなふうに考えていました。

試験勉強の後半、さんざん勉強してもう過去問に飽きていた私は不動産投資の勉強を始めて動き始めていました。
収益物件は東京では高い上に、利回りも低い。

「地方なら何とかなりそうだ」と考えたとき、「群馬で不動産業をやっている実家はめちゃくちゃ心強い存在じゃないか!」と気づきました。

卒業してからずっと群馬から離れていた私が群馬にがぜん興味を持ち始めたわけです。

元旦に「じゃあ、いろいろよろしくねー。やるよーーーイェーイ」とハイタッチをして、父もとても嬉しそうでした。

「大家✕宅建業」への挑戦

不動産と一言で言っても、その内容は様々です。
私は宅建試験の勉強中に読んだ本がきっかけで「大家✕宅建業」をやろうと決めていました。

大家は「不動産賃貸業」であり、これは宅建業ではないので宅建業免許は不要です。
でも私は、せっかく宅建士の資格を取るので、宅建業もやりたかったのです。

だって“単に宅建士になった”だけでは稼げないから。
宅建の勉強している方ならわかると思いますが、宅建士と宅建業は別です。

法人で開業するにしろ個人事業でやるにしろ、宅建業をやるためには宅建業の免許が必要で、免許を取得するためには事務所ごとに「5分の1以上」となるように専任の宅建士を用意しておくと。
オフィスのメンバーが代表を含め5人だったら、そのなかの最低でも誰か1人が宅建士、それも専任という位置付けでの人がいないと免許が取れない。

そんな事情があるから、事務所を増やすにせよ、はたまた唯一の宅建士がやめちゃったりすると大騒ぎになって、つまり「宅建士が足りない」ということで、けっこういつも探してます業界では。

それで宅建士になったらなにができるのかというと、メインは「重要事項の説明」。
不動産業者は、売買や賃貸の契約をする前に、買主や借主になるお客さん側に重要事項の説明をしなければならないということで、その重要事項の説明は宅建士じゃないとできない。

おーさわ校長はフリーの宅建士と称して、重要事項の説明を1回◯◯万円でやってやるよ、みたいなことをやっていたと言っていますが・・・。

そんな芸当は特殊能力です。

なので、会社で宅建業の免許を取ろうとしても、経営陣が誰も宅建士じゃないとすると、どこかの会社の専任の宅建士になっていない宅建士を探して雇うという「手間ヒマとおカネ」がかかります。
でも私は宅建士になったので、人を雇わずに宅建業の免許が取得できるので、つまり開業できちゃう。

ちなみに、これはおーさわ校長も年がら年中言ってましたけど、宅建試験に受かってない人が経営者になって不動産業を開業している人が大勢います。
いろいろ活動しているうちに、不動産業界の実態もわかってきました。

よかった私、宅建に受かってて。

1月後半、突然の別れ

宅建業で稼いだお金を収益物件の取得費用に充てて賃貸業を行う。
そして売却も積極的に行う。
出口戦略をちゃんと見据えてね。

これが「大家✕宅建業」です。
私のやりたいことはこれ。

とはいえ、もともとは不動産とは無関係の仕事をしてきて、知識も経験もありません。
当時はまだ会社員だったので、いきなり免許を取るのは難しいと、修行のつもりで、まずは「不動産エージェント」から始めてみることにしたのです。

1月後半のある日。
朝いつものようにジムで筋トレをしていると、兄から電話が入りました。
「父が倒れた」と。

「えーー。お父さん、あんなに元気だったのにー。転んだー?」

大したことはないだろうと思いながら、すぐに病院へ向かいました。
しかし病院に着くと、通されたのは集中治療室。

父は完全に意識がありませんでした。

「おーいお父さん、ねえ、私がこの前お願いしたことどうなった? まだ聞いてないよ? おーい」

何を話しかけても無反応でした。

それから2日後、父は亡くなりました。
本当に突然のことでした。

父が愛用していた和帳に遺された言葉

父は毎日「和帳」に筆で様々なことを書き記していました。
葬儀が終わり、父の遺品整理をしながらその和帳をパラパラと眺めていると、ある一節が目に留まりました。

そこには、私が宅建に合格したらどのように不動産事業を進めるか、という内容が。
お正月にいろいろ頼んだのに何一つ返事をもらえないまま逝ってしまったけれど、父は娘の決意をちゃんと受け止めていました。

涙が止まりませんでした。

娘にずっと「宅建を取れ、不動産をやれ」と言い続けてきたけど、その気にならなかった娘が、突然宅建を受けて合格した。
50歳でやっと動いた。

遅いぞ、娘!

父は、私がやる気になったからもう役目を果たせたと思ったのかしら。
「あとはお前に託したぞ、やれるな?」と。

でもでもでも、もっと私を見ていてほしかった。

そんな思いもありながら、でも私は勝手に「父からバトンを受け継いだんだ!」と思い込み、自らイバラの道を歩み始めたのです。

父よ、ちゃんと天国から私を見守っていてね!!!

怒涛の2025年、そして自立へ

そんなことから始まった2025年(令和7年)。
振り返れば、父の急逝後、離婚、子供との別居と同居、母も倒れて入院し、そのまま施設へ入居。
会社員を辞め、自分の会社を設立。
収益物件を3棟購入。

・・・合間には脚の骨折(笑)。

そして、不動産実務に関しては、不動産エージェントとして関わってみることにしました。

私が目指しているのは「大家✕宅建業」というスタイル。
そのため、より大家活動に近い実務(投資案件)や「買取再販」をやりたいと考えていました。

不動産会社ならどこでも何でもできると思っていました。
実際に面談では「何をやってもいい」ということだったので。

不動産エージェントとして所属した会社は非常に良くしてくれましたが。
何ヶ月か経ったけど・・・
私がやりたいこととちょっとちがう。
ここでの「不動産エージェント」という立場では、自分のやりたい不動産ビジネスはできないかも。

ならば。
自ら宅建業の免許を取るしかないのね。
ある枠組みのなかで「何でもやっていい」ということと、「何でもできる」は違ったのです。
今更ながら、そんなことに気づいた私。

すると途端に、射手座の血が騒ぐ。
それならさっさと宅建業の免許を取るしかない。
だって宅建士はすでに確保しているしね、自分だけど。

・・・と、勢いにまかせて不動産エージェントから転身し、そうなんです、自分の足でバチコォーーーーン(←おーさわ校長ふうな言い方)と立つ決意を固めました。

とにかく。
50歳の私には時間がありません。
2025年12月末には東京都へ宅建業の免許申請しました。

そして2026年2月に免許を取得。
これでようやく「大家✕宅建業」をやるベースが整いました。
知識と人脈を補う、必死のインプット。

宅建士の資格とほんの少しの不動産エージェント経験で独立したからには、今は足りない知識を学ぶこと、そして足りない人脈を作り上げること、そして動くことが重要。

とにかく勉強会、セミナー、懇親会に参加。
様々なコミュニティに入り積極的に活動しています。

懇親会なんて、3次会まで付き合っちゃうから翌日きつい。
でもだからこそ、仲良くなるスピードは何倍速。

正直、忙しすぎて消化不良気味ではありますが、何もしないと仕事は生まれないのです。
行動の先に見えるものがある。
・・・とは言え、

なんでこれ、10年前に気づかなかったのかなーーーー!!!

・・・と思うこともあります。
でもまあ「今が一番若い」とか「始めるのに遅すぎることはない!」というよく聞く文言を信じてます。

父の分まで、102歳を目指して

いずれにしても、すべての転機は「宅建を取ろう!」と決めた2024年の新年会、そして一発合格にありました。
その日まで不動産なんて全く興味がなかったのですから。
そして、一発合格できたのは、選んだスクールが大きかった(←おーさわ校長、いちおう触れておきますね・笑)

私はきっと長生きしちゃいます。
父は生前、「俺は102歳まで生きる」と言っていました。
「何事もバッファが必要だから、100歳ではなく102歳なんだ」と。

そんなことを言っていた父が、80歳でコロッと逝ってしまった。
でも私は100歳まで、しっかり生きる予定です(←2歳はバッファ)。

あと3〜5年くらいは必死で頑張って、勝手にお金が回る仕組みを作ります。
不動産ならそれができます。

そしてね。
仕組みができたら、あとは優雅で気ままなマダム人生を楽しみたい。
やりたいこと、行きたい場所はまだまだたくさんあるけど、あと50年もあるのです。
そのためにあと数年は努力します。
筋トレは生涯楽しめるための体作り!

以上。
宅建で本気で人生を変えている「途中経過」の報告でした。

それでは、また。
ごきげんよう。

(次回は海外生活を満喫している記事にしたい)

いえーい。マリリン最高だぜーー!!
ぜったいぜったい、父上が天国で味方してくれてるぜ。

でさ、「思い立ったらすぐ行動(えいやっ!)」ができちゃう“天性の気質”を持っている人は、統計的におよそ4分の1(約25%)程度とのこと。
いわゆるフロントランナー(先駆者)としての才能ということで“選ばれし4分の1”だそうです。

かっちょええええええええーーーーーーーー!!

ちなみに「本当にやる意味があるか?」とどまってじっくり考えちゃう人が約33%で、「周りの状況はどうかな?」と様子を見て他人に合わせようとする人も約33%とのこと。
ということで、おおよそ66%の人は「思い切ったことはしない(動かない)」ということになるんだけど、それはなぜかというと、彼らは世の中を円滑に回すための「ルーティン(維持・調整)」の役割を担っているから、だそうです。

25%の「えいやっ!」の人=0から1を作る着火剤
66%の「ルーティン」の人=1を100にしていく土壌

うまいこと組み合わさったらいいね。

で、そんなマリリンの「やりたくなったらからやっちゃうわ的」ムーブがほとばしる「1年後」の体験記、読んでてこっちも元気になったぜ。
宅建ダイナマイトをやっていてよかったなーと思いました。
合格してくれてありがとう。
心より御礼を申し上げます。
そんで、思い切って人生をエンジョイしていくスタンス、圧倒的に応援します。
やっちゃおうぜ〜\(^o^)/

宅建ダイナマイト合格スクール
おーさわ校長(大澤 茂雄)