気休めをはいらないの。もう逃げないから。惨敗の28点から始まった逆襲の記録。

何をしたらいいのかわからなかった

宅建に出会う前の自分は、「収入を増やさなきゃ」と思いながらも、何をしたらいいのか分からずにいた。
どうしたらいいかな。
何かないかな。
そんな時だった。

自分が宅建を知ったきっかけは、某支援事業の案内だった。
内容はシンプル。
「宅建を取ってお給料を増やしちゃいましょー!」
なんともストレートなコピーだなと思った。

ただ、そのとき自分はちょうど“実家の今後”を考えていた時期だった。
不動産の知識が少しでもあるといいのかもしれない。
そう思うと、タイミングは悪くない気がした。

「まぁ、とりあえずやってみるか」

そんな軽いノリで参加することになった。
そこの講義は隔週土曜日のZoomだった。
内容はというと、テキストを順番に読んでいくスタイル。

本気にもなれなかった

完全に、講座選びをまちがえた。
講義が、これが、とにかく眠い。
本当に眠い。
「これは勉強というより修行ではないか」

眠気との戦いだった。
画面越しに講義を聞きながら、意識が何度も遠のく。
内容が難しいとか以前に、眠気をこらえることが最大のミッションになっていた。

そんな状況のまま夏になり、集中講座が開催された。

「まぁ、一応行ってみるか」

くらいの気持ちで参加した。
そして、そこで現実を知ることになる。

やばい。
全然わからない。

周りを見ると、みんな問題をどんどん解いている。
ページがどんどん進んでいく。

一方、自分はというと、問題文を読んで、

「ん?」

で止まる。

これはまずい。
いや、かなりまずい。
どう考えても、自分だけが圧倒的に遅れている。

そのとき初めて気づいた。
自分、宅建を完全になめていた。

そこから、ようやく勉強を始めた。
といっても、立派な勉強ではない。

まずはアプリで問題を解き始めた。
そこの講師が「過去問をひたすらやりなさい」と言っていたからだ。
だからお手軽な◯×のアプリでいいや。

ただ、そもそもテキストもまともに読んでいない。

わかるわけがない。

問題を解く。
間違える。
解説を読む。
よく分からない。

このループだった。

それでも「始めたからにはやるか」という気持ちはあった。
同じタイミングで勉強を始めた子もいて、よく話していた。

「これ、わからないよね」
「だよね」

そんな感じで、お互いに傷をなめ合うような会話をしていた。
今思うと、あの時点でだいぶ怪しい空気ではあった。

惨敗の秋。10月の本試験。

そして迎えた本試験。
結果は惨敗だった。
確か、28点。
合格点には、どう考えても届かない。

「惜しい」でもない。
「もうちょい」でもない。

完全に足りない。

ただ、不思議と悲しさはなかった。
なぜなら、試験中から分かっていたからだ。

これは無理だ。

問題を解きながら、「ああ、これは勉強量が足りないやつだな」と冷静に思っていた。
悔しいというより「そりゃそうだよな」という感覚の方が強かった。

試験が終わってから、自分の中で一つの考えが浮かんだ。

「このまま終わるのは、なんか気持ち悪いな。」

落ちたこと自体よりも、中途半端なまま終わる感じがどうにも引っかかった。

あれだけ「わからない」と思っていた宅建が、どこまで理解できるものなのか。
自分を試してみたい。
なので、もう一度やることにした。

きっかけは、某不動産会社の不動産講座だった。
私の人生に、宅建ダイナマイトが現れた。

「宅建で収入アップ!受かるまで面倒見るよ。宅建取っちゃおうぜ。」
というのが、おーさわ校長のかる~い口説き文句だった。

受かるまで面倒を見てもらえるなんて、そんなことあるのか?

・・・と少し驚いたが、同時に「じゃあやってみるか」と思った。
これもご縁だ。
変な先生でおもしろそうだし。
受講を決めた。

私は自分の性格をよく知っている。
たとえば講義を「アーカイブで後から見ればいいや」と思ったら、きっと他のことをしながら聞いてしまう。

つまり集中しない。

なので、宅建ダイナマイトの講義はリアルタイム(オンライン)ですべて出席すると最初に決めた。
そうこうしているうちに、テキストが届いて講座が始まった。

おーさわ校長の軽快な音声講座を聴きながらテキストに向き合う。
要点を自分でちゃんとメモ。

必要だと思ったことは、その場で書き込む。
あとから分かったことも追記する。
自分の手で書き込んだテキストは、あとで何度も見返すことになった。
このやり方は、自分には合っていたと思う。

死闘、勉強時間の確保。

ただ、勉強時間の確保はとにかく大変だった。

会社に行く。
帰りにスーパーに寄る。
ご飯を作る。
食器を洗う。

そこからやっと勉強が始まる。
だから進みは本当に遅かった。

周りの人たちが「ここまで進みました」と報告しているのを見ると、正直うらやましかった。

自分はこのままで大丈夫なんだろうか。
そんな不安もあった。

でも、そのたびに自分に言い聞かせた。

人は人、自分は自分。

ゴールは10月。

2月。
3月。
4月。
5月。

しかし、時間は、ほんとあっけなく、淡々と過ぎていく。

そしてある頃から、休日の過ごし方が変わった。
出かける回数が減ったのだ。

それは初夏の暑い日、私は決めた。
宅建が終わるまでは出かけない。

「欲しがりません、勝つまでは」の精神だ。
そして問題は「どうやって時間を作るか」だ。

家事をしているときはおーさわ校長のアーカイブ動画を流す。
でも、ながら勉強は自分には合わない。

とにかく時間。
それでも時間。
時間。
時間。
時間。

さっそくやってみたのが、睡眠時間を削ることだった。
すると今度は、会社で眠くなる。
この頃から、毎日、エナジー系のドリンクを飲み始めた。
要はカフェインを大量摂取。

そして昼休みに少し昼寝。
これでやっと午後の仕事ができる。
結局、この“ドリンク生活”が、試験当日まで続くことになる。

このときはまだ、後にあんなことが起きるとは思っていなかった。

私、過去問、解けない。

やっと宅建ダイナマイトのテキストを一周できたので、過去問に取りかかってみた。

まわりの皆さんより、進度が遅い。
また焦る。
もっと時間が欲しい。

そこで子どもに宣言した。
「ご飯作るの、やめる期間をください。」

スーパーの惣菜生活になった。

ただ、惣菜を食べ続けるとどうなるか。
子どもは太らない。
でも、アラフィフの体には正直だった。
時間と引き換えに、私の体には“夢と希望”の代償が蓄えられていった。

そんな生活の中心は勉強だった。
お風呂でも過去問アプリ。
分からないところはテキストに戻る。
生活の中心が完全に宅建になっていた。

テキストを1回読んだので、過去試験問題集を解いてみた。

その瞬間。
愕然。
全然わからない。

さっきテキストで勉強したはずなのに。
アプリでは解けたのに。
アプリの1問1答の「◯×」と、紙面で見る四肢択一はまったくの別物ということに、このときはまだ気が付かなかっただけなのだが。

私の脳はどうなっているんだ。
恐るべし。
アラフィフの脳。

・・・と年齢のせいにして自分をごまかそうとした。

それでも、おーさわ校長の言葉が残っていた。

「10問でもいいから、毎日続けろ。」

その言葉もあって、勉強しない日はなかった。
さすがに熱が出た日は、過去問を見ると意識が遠のいた。

そして9月。
“過去問”の精度を上げる段階に入った。

民法。
宅建業法。
etc。

苦手分野はいくつもある。
全部は無理だ。
切り捨てるところは切り捨てる。

ここで、おーさわ校長とのやりとりで、印象に残っていることが3つある。

「苦手なところは本試験で出ないから大丈夫だよ」と言われたこと。
このときは、そんな気休めもうれしかった。

もうひとつは、「10問でもいいから毎日続けろ」と言われたこと。
完璧にできない日でも、手を止めないことだけは意識した。

そして、問題文の読み方だった。
自分は急ぐと問題を読み飛ばす癖があったから「問題をよく読め」と年がら年中、言われ続けた。
おかげさまで、そこはかなり意識するようになった。

勝負。

試験が近づくころには、勉強のリズムもできていた。

問題を解く。
間違える。
見直す。
また解く。

派手な勉強法ではない。
でも、前回よりは確実に積み上がっている感覚があった。

そして試験当日。
問題を解いている途中で、突然異変が起きた。
頭が回り始めた。

冴える方ではなく、ヤバい方の。
目と頭が、地震みたいにぐるぐるする。
寝不足かと思った。

でも違う。

“ドリンク生活”の影響か?
1本でコーヒー約3〜4杯分(100mg以上)のカフェインと、角砂糖8〜10個分(約30〜40g)の糖分。
カフェインと糖分に頼る日々だった。
受験の緊張感も作用したのか、ついにカラダとメンタルが悲鳴を上げた。

チクショーと思いながら、問題を解き続けた。

最後まで解き終えたとき、本来なら「いけたかもしれない」と思うのだろう。
でもそのときの私は

「カエリタイ。オウチカエリタイ。」

それだけだった。
満身創痍だった。

実際、試験会場を出て30分後には家にいた。
満身創痍のくせに、夕方からの“解答速報”で点数を確認する。

36点。

しかしその年の予想合格点は高かった。
発表まで落ち着かない日が続いた。
そして合格点発表の日。

37点。

落ちた。
1点足りなかった。

私、逃げないから。

悔しかった。
もう私は、何かに頼るのを、やめた。
年が明け、勉強スタートの時期になった。
今年も、宅建ダイナマイトの講座はオンラインですべて出席すると心に決めた。

3年目ともなると、少しは覚えているかと思ったが、やっぱりアラフィフの脳。
ほぼほぼ忘れている。

でも。
今年は苦手分野から逃げない。

しっかり向き合わないと将来は見えない。
将来は「自分で見る」ものだ。
ひたすら、テキストを読み、過去問を解き、またテキストに戻る。

そんなことを繰り返しているうちに

あれ? 民法、ちょっと楽しいかも。

と思える瞬間が出てきた。

そんな日々を過ごすなか、おーさわ校長とのやりとりは、少し息抜きの時間でもあった。
わからないところはおーさわ校長に直接質問し、腑に落ちるまで確認する。
そんなおーさわ校長は、今年も私に「あ、わかんないところは出ないから大丈夫だよ」という。

あのね、おーさわ校長、もう気休めは、いらないのよ。

結局のところ、勉強方法はいたってシンプルなのだ。
誰もが同じやり方だ。

テキストを読み込む。
問題を解く。
間違える。
見直す。
また解く。

まさに「千里の道も一歩から」で、本当にその通りだと実感する。
少しずつ亀の歩みで、進んでいった。

そしてまた暑い季節がやってきた。
お出かけ自粛期間スタート。
続けて、お惣菜月間スタート。
今回も、私の体には代償が蓄えられていく。

過去問の“解き方”が、やっとわかってきた。
過去問ばかりやっていると、さすがにアラフィフの脳でも、正解肢をうっすら覚えてしまう。
理屈で覚えているのではなく「なんかこれ見たことある」で正解してしまう。

これは危ない。

そうではないのだ。
どこが「誤り」の記述なのか、「ヒッカケ」はどの言葉か。
正しい記述の場合は、たいていは法律の条文どおりの表現だったりするから、宅建ダイナマイトのテキストで条文を確認して頭に叩き込む。

テキストに戻って確認する。
また過去問を解く。
そんな日々が続いた。

10月に入ると、苦手分野ばかり見直すようになった。
そして、3年目にして初となる模擬試験にもチャレンジした。

そのとき、ある瞬間が来た。

あら? こういうこと?

やっと腑に落ちた瞬間だった。

そして、いよいよ試験当日。
席に着くと、試験官の説明が始まる。
耳栓の使用確認をしてもらおうと試験官に声をかけると、

「耳栓は使えません」

と言うではないか。

なんと一大事。
試験要項を確認しても、使用禁止とは書いていない。
再度試験官に確認すると

「確認します」

と言われた。

そして結果は、使用OK。
その後、その会場で続々と耳栓の許可を取る人が現れた。
皆さん、この会場での耳栓許可は、私が勝ち取ったものなのよ。
心の中で少しニヤけつつ、試験開始。

さぁ、集大成だ。
・・・集大成、なんだけど。

……は?

……へ?

はへ?

何じゃこりゃ。

もちろん宅建試験をなめちゃいけない。
なってったって25万人くらいの人が受験する試験だし。

上位15%になんとか、なんとか。
お願い。
届いて。
なんとか、届いて。

「わかるぞ!」の感覚があったりなかったり。
初見の問題に執着したりして“時間配分”が崩れたり。
気持ちを立て直したりで、頭はてんやわんや。

でも頼るのは自分。

試験終了。
体中の力が抜けた。

帰宅して解答速報を見ていると、転記ミスを発見。

あれだけ確認したのに。
泣いた。
○✕で解いたあと、1・2・3・4に書き写すときの選び間違い。
○✕は合っているのに、マークシートに黒塗りする選択肢を間違えたら意味がない。

でも、私は、がんばった。
結果は、たぶん35点。
今年はすぐにおーさわ校長へLINEで結果を送った。

私は、私なりに、できることはすべて、全力で、逃げずに、やりきった。
もうこれ以上のことはできない。
ほんとうに、できない。

そして合格発表の日。
合格点は33点。

「もしかして……」

一瞬、合格の光が見えた。
急いで発表を確認する。

……ない。
……まじか。

どんだけ記入ミスしたんだ。
悲しみの渦に巻き込まれる。

しかし諦めきれず、4回目の確認。
わかっているのよ。
何度も確認しても、ないものはない。

それでも見る。
そのときの私は、人生史上最高に、鬼気迫る感じだったと思う。

すると

……ん?
……んー?

あるーーー!!受かってる!!

合格発表を確認するのが初めてということもあって、「合格番号は横に進んでいる」ということに気づいていなかった。

ずっと縦だけ、見ていた。
前後の合格者が少ないなと思っていたのだけど。

合格していた。

思い起こしてみれば、自分にとって宅建は、最初は単に「収入を増やせるかもしれない資格」に過ぎなかった。
でも、途中からはそれだけではなくなっていた。

わからない。
時間がない。
今年もだめかもしれない。
1点足りない。

それでもやめなかった。
私は、なにかを、試されていた。

簡単に手に入るものではなかった。
でも、悔しくて、しつこく続けていたら、最後に。
それが、自分にとっての宅建。

最後にちゃんと、届いた。

スーパーバトル。大逆転の合格。ついに未来をこじ開けた!

最初は「とりあえず」だったノリが、いつしか「逃げない」という覚悟に変わり、最後には「自分で未来を見る」という強い意志に昇華していくプロセス。
さすが、これぞまさに宅建ダイナマイターズ。
シビれるぜ。

オレがよく言う「苦手なところは出ないから大丈夫」という言葉。
あっはっは。
見抜かれていたか。
でもさ、陥りがちな「完璧主義」を捨てて勝負ポイントに集中するという原則を、無意識に、かつ完璧に遂行していたんだね。

「10問でもいいから毎日続けろ」。

このシンプルな、けれど最も過酷な受験勉強スタイルを貫いたところはほんとに立派だわ。
サイコー。

でさ、言ったでしょ、最後は宅建の女神が必ず微笑んでくれるって。
必ず届くって。
熱が出た日も、脳が「はへ?」となった日も、今となっては、すばらしき勝利の方程式だったわけだ。

そうそう「耳栓のジャンヌ・ダルク」に拍手!
よくやった〜\(^o^)/
ってか、考えてみれば、あれは単なる耳栓の許可じゃなくて、「自分の戦う環境は自分で作る」という戦闘モードに入っていた証なんだろうね。

そんで、この合格発表のくだり。
あれさ、オレもさ、ほぼリアルタイムで連絡がきてたから、笑ったよ。
あっはっは。
横だよ、横、横。
そんなドラマチックな日々、オレも忘れないぜ。

あらためまして、合格おめでとう。
これからもワーキャー、おつきあいのほど、どうぞよろしくっす。
メシ行こうぜ。

宅建ダイナマイト合格スクール
おーさわ校長(大澤 茂雄)