民法と男は深追いするな。」酔った勢いの宣言から40点超えの完勝。50歳で掴んだ“逆襲”の号砲。

酔った私はあの日、適当なこと言った

遡ること11ヶ月前。
2024年1月。
会社の新年会。

いつもながら、大量にワインを飲んでいたし、どんなイキサツだったかあまり覚えていないけど、何故か、何故なのか「誰か宅建を取ろう」という話題になっておりました。

わたくしの職種は不動産とは一切関係なく。

だけど、「誰か宅建を取ろう」と誰かが言ったから「はーい!とるとるー」と私が手を挙げたというのが、受験のきっかけでございます。

はい。酔った勢い。
そこに深い理由はなく。

ほら、あるでしょ?
酔ったらみんな適当なこと言うでしょう?
好きだよとか言っちゃうでしょ?
それで愛とか語っちゃうでしょ?
それであとになって覚えてないでしょ?

それそれ。
そんなノリで宅建を受験することになった。

そのとき、私は49歳になったばかり。
なかなか波乱万丈な40代を過ごしてきた。
だからこそ40代の締めくくりをどのように過ごそうかな、と考えていたこともあり。
それに「宅建」にはちょっと「思うところ」もあり。

私の父は農家の生まれだったが、私が生まれた年に宅建を取り、不動産屋として独立した。
田中角栄の日本列島改造論を読み、これからは不動産だと。
そして、自分の人生を自分で切り開いた。

そんな父は私が20代の頃から、何かと言うと「宅建を取れ」と言ってきた。成功するには不動産だと。
でも私の仕事は不動産なんて一切関係ない。
当然受ける気なんて1ミリもなかった。
父の不動産屋は兄が継ぐし、実家に帰るつもりもない。
だけど、「宅建宅建」と言われてたことがあったのは事実。

「誰か宅建!」に手を挙げたのは、心の奥底でそのことを思い出したのかもしれない。
「今さらだけど宅建とったら父が喜ぶかな」と。

そろそろ親孝行しようかな。
たぶん新年会で、そんなきっかけをもらったのだ。

早速父と兄に連絡をして、一発合格宣言をした私。
父が嬉しそうだったのは言うまでもない。
その足で本屋へ向かった。
そもそも宅建てどんな試験?
不動産関連の資格ということくらいしか知らない。
私は資格勉強なんてしたこともない。

本屋の資格関連コーナーでたくさん並んだ宅建テキストをパラパラめくる。
過去問題集もパラパラめくる。
全くやる気がしない。
そもそも問題文が読めない。

独学は無理。
早々に独学を諦めた私は、ネットで宅建スクールを探して、問い合わせを開始した。
私は仕事をしているけれど、時間にはそこそこゆとりがあるので、「せっかくだから通学がいいかな?友達できるかも」と説明会に申込みをした。

すぐに電話がきたので話を聞くとそのスクールは通学と言っても、教室でオンライン動画を見るという自習形式だという。
「動画なら家でも見られるのに、なぜ教室に通うの?」という問いに対して「1人ではモチベーションが保てない、自宅だと集中できないという人が多い」とのこと。

なんか違うのよね

なんか違う。
自習室で友達できる気がしないし。
あれ?
わたくし、そもそも友達が欲しいんだっけ?

やっぱりなんか違う。
なので説明会をキャンセルすると伝えると、「宅建以外にも様々な資格があるので、一度キャリアプランを提案しますのでお越しください」とのこと。

キャリアプランか。。。
私は来年50歳。
今から資格スクールのカウンセラーからキャリアプランの提案はいらないような気がする。
ますます違う気がする。
私はただ宅建試験に合格したいだけ。

違和感たっぷりなのでやっぱりキャンセルし、再び調べるが、全然ピンとくるスクールは見つからず。
どこも似たような感じ。
楽しそうな匂いがしない。
何だか萎えてきた。

そんな中、異彩を放つホームぺージに行き着く。
その名も「宅建ダイナマイト合格スクール」
ダイナマイト?
不動産業もやっててそっちばダイナマイトアマゾネス合同会社
アマゾネス?

これは私にグサッときた。
だから直感で申込みを決めた。

メール返信も他のスクールのように、つまんない文面ではなく、なんか軽い。
そのくらいでいい。
わたくし、自由な大人ですもの。
資格試験なんて受けたことないけど、やるなら楽しくやりたいの。

やると決めたらすぐやりたい派。
テキストが届くとすぐに音声講義を聞き始める。

「宅建ってなに?」という事前情報皆無の状態のわたくしに、すんなり入ってくる緩めの説明。
条文なんか見たこともないけど、これならとっつきやすい。
このとっつきやすさが最初のハードルを下げてくれた。
最初に25分程度を聞いてから、改めて全教材と、過去問題集をどんな配分で進めるか考えてみた。

まずはゴールを決める。
そこにタスクを落とし込んで、あとはやるだけ。
過去問題集は15年分で2回試験の年が2年あるから、17回分ある。
1回50問。
1年分(50問)あたりの所要時間は2時間弱かしら?

過去問を制する者が合格する、とのこと。
了解。

・・・ってことは、試験日から逆算していくと夏前には、過去問に入りたい。
それまでにテキストを終わらせなくてはならない。
カレンダーに、1.2.3…とテキストの番号を書き込む。

6月には2週間のイタリア旅行を計画しているわたくし。
よし、イタリアまでに11冊のテキストを終わらせよう。
まだ1月。
行ける。
余裕。

音声講義のほかに、オンライン講義があるという。
朝方のわたくしは朝5時には起きてジョギングしたり、ジムで筋トレする生活なので、夜は完全にオフタイム。
酒飲んでるか、寝てる。
勉強は朝やると決めてたし、なのでこれ、私の生活リズムに合わない。

おーさわ校長に聞くと、講義はアーカイブを残してくれるという。
朝のジョギングで「音」だけ聞くことにして、夜は元気なら顔を出そうかな、という方針にした。  

だからオンライン講義ではオープニングにちょっと挨拶して、あとは大喜利のようなやり取りを寝落ちまで聞いて、朝に改めてアーカイブを聞く生活に。
でもね。
爽やかな朝に「宅建講座」のはずが、プロレスだったり、モモンガだったり。
まあよく脱線してました。

「イタリア旅行までにテキスト一周!」と決めてた私は予定より早く一周してしまったので、早々に過去問題集をやり始めることにした。
毎日1年(50問)をやろう。
まず「2時間」を確保し、過去問を解く時間にあてる。
とりえず全部やる。
終わったら答え合わせ。

3日間やってみた。
点数はどれも23点前後の状況だった。
・・・うーん。
合格ラインは37点くらいというから、全然だめ。
ふと「3日前」にやった問題を見てみる。
たった「3日前」に解説も読んだはずなのに、全然わからない、というか問題そのものが初見にしか思えない。
何一つ覚えていない。。。

恐るべしアラフィフの脳。
3日経ったらスッカラカン。
テキストで学習したはずのことも当然スッカラカン。
今までの時間は何だった?

これはただ一周してもだめな気がする。
・・・なので私は、過去問の「使い方」を考えた。

決定版。アラフィフの過去問対策

1つの問に4つの選択肢があるので、一通り一周解いたら、答え合わせで何故マルなのか、何故バツなのかを掘り下げて、一問一答のつもりで選択肢ごとにテキストに戻る。

なので1日あたりの勉強時間が2時間では足りない。
でもやらないとできる気がしない。
泣き言も言い訳も無意味。
だから、やる。

どうやるか。
「3年分」やったら同じ3年分をもう一度「忘れる前」に解く、という「3年×2」を1セットで15年分を進めることにした。

3年分くらいなら「3日前」のことなのでギリギリ覚えているかもしれない。 
・・・覚えてなかったけど。

でも、そのタイミングで復習したら記憶されるかも。
たぶん5年分だと完全に忘れてるかも。
私の脳なんてそんなものかも。
・・・という理屈で「3年1セット作戦」開始。

長ーい道のりだった。

テキスト一周して音声講義を聴き終えたら、その先は完全に1人の世界。
独学と同じ。
1人でやっていくしかない。

なかなか大変。
条文を読むと眠くなる。
すぐ眠くなるから進まない。
毎日楽しい生活を送ってきたのに、毎日勉強の時間だけは楽しくない。
苦痛の2時間。

そんな中でのイタリア旅行。
しばし宅建のことを忘れる日々。
美味しいワインと美味しい食事。
何人ものイタリアのナイスガイに口説かれるという幸せな日々に、イタリアに住みたくなった私は、「日本の宅建なんか取っても意味なし!」と、帰国後はイタリア語講座に通おう、とスクールを探し始めた。

英語じゃなくてイタリア語じゃなくちゃ。
宅建よりイタリア!

でもね、そんな熱病は帰国後数日で冷め、イタリア語講座は宅建合格するまでお預けすることにした。
イタリア病で宅建落ちたら絶対後悔する、と。
そして再び過去問を解く毎日に戻る。

「3年ごとに戻るやり方」で1冊(つまり2回)を終えたわたしは、次からは「通しでやっていこう!」と3周目に突入してみた。

解答解説を読んでもわからないときは、チャットGPTに質問。
AIには解説と、事例を出してもらう。
それでもわからないときは、おーさわ校長に質問する、というやり方で進める。

スクールの良さは、質問に答えてくれる経験豊富な人が確保されていることなんだと思う。

勉強するのは自分自身。
孤独ではある。
身近に宅建の話ができる人は誰もいない。

でも宅建ダイナマイトで、ゆるーーーーーーい「同志」みたいなつながりを感じていられる。
みなさんとの直接の会話はなくても、なんとなく味方の気分。
これは私みたいな1人で何でもやっちゃうタイプであっても、意外と支えになってた。

「民法と男は深追いするな」とおーさわ校長
4周目も終わり、5周目も終わった。
夏は終わったけど、まだ9月。
なんかもう飽きてきた。
なのに点数としては39点あたりがアベレージ。
何度も同じ問題をやってるのにまだ間違える。
脳の機能が悪すぎるぞ。

6周目はやり方を変えて、完璧に答えられない選択肢に付箋を貼っていくことにした。
かくして、色とりどりの付箋だらけの過去問題集ができあがる。

7周目。
ここまできたら「付箋問題」だけをやることにしたけど、付箋つきの「民法」はなかなか理解できない。

おーさわ校長からは、「民法と男は深追いするな」との助言。
「了解。」と素直に受け取る。

10月。
付箋もだいぶ少なくなった。
過去問ばかり徹底的にやったので、過去問アプリも100問連続正解とか叩き出す始末。

「落ちる気がしない」と周囲にも言い始めてた私。
そうなのです。
わたくし、その自信が危ない。

この頃になると、資格試験のくせに「それってどういう状況なのよ」と実社会ではあり得ないシチュエーションを出題している問題の存在に気づき始めた。
なんか変。
だから私は、過去問題集から飛び出して不動産実務系の本を読み始めることにした。

30冊程度買って読んだ。
面白い。

宅建で勉強した知識が多少はあるので、さらに面白い。
ただのノリで始めた宅建勉強なんだけど、でもね、今後の自分を大きく変えることになる知識や考え方が身についてきているような気がした。 
勉強する習慣も身についたしね。
この先やってみたいことも、なんか、見えてきた。
1年前より遥かに、わたくしパワーアップしているかも。

そうこうしているうちに、不遜にも、こう思い始めた。
早く試験日にならないかな。
早く終わりにして、次に進みたい!

そしてようやく試験当日がやってきた。
緊張なし。

私はたくさん勉強してきた。
試験会場を見渡して「この教室の中で10人くらいしか合格しないのか」と思うとゾクゾクした。
もちろん、その中には私がいると思えたから。

ところが始まってみると、見たことのない問題に対しての自信が持てない。
選択肢に迷いも出る。

「やばいやばい、これ落ちたら洒落にならない」
と久しぶりに不安に襲われることになった。

解答を書き込んだ問題を持ち帰り、早速ネット上でバンバン出てくる解答速報をもとに「あくまでも参考」と思いながら恐る恐る自己採点。

落とさないつもりでいた宅建業法に✕があってガッカリしたけど、全体では40点は超えていた。
合格と思ってよいだろう。
肩の荷が下りた瞬間だった。

優勝は宅建ダイナマイト

優勝は宅建ダイナマイト
1月末からずっと優先事項が宅建だった。
あちこち旅行もして、出張も行って、しょっちゅう酔っ払って、その上ボディコンテストにも出場して、といろいろやってきたけど、常に最優先は宅建だった。

一発合格すると周囲に宣言したからには、絶対合格する必要もあったし。

だって試験当日のディナーは「合格祝」として、前々から割烹を予約していたのだもの。
落ちてたらカッコ悪い。

よく遊び、よく仕事して、よく勉強する。
そんな1年を過ごしてみた。
そしてわたくしは無事に合格通知を受け取り、合格発表の日から数日後の
50歳の誕生日はサイパンでのんびりと過ごした。

人生はとことんやるから楽しい。
思いがけずやってくる出来事も受け入れて全力でやる。
宅建もそんな感じだったけど、やりきった感は半端ではなかった。
我ながらあっぱれ。

ちなみにね。
実は新年会で宅建受験宣言したのは3人いたの。
それぞれが別のスクールに入って受験したのですが。
合格したのは最年長の私だけ。
うふふ。
宅建ダイナマイトの優勝!

人生の後半戦、まだまだやれる気がする。

おーさわ校長の総評

いやぁ、お見事!まさに「大人の逆襲」の教科書のような戦い方でした。

彼女の勝因は、ただガリ勉したことじゃない。「自分の弱点(3日で忘れる脳)」を冷静に分析し、それをハックする「3年1セット作戦」という自分だけの武器を編み出したことにあります。これこそが、宅建ダイナマイトが提唱する「思考する学習」の極致です。

そして何より素晴らしいのは、イタリア旅行もワインも、50代の新たな楽しみも、何一つ諦めずに「宅建合格」をそのライフスタイルの中に力技で組み込んだこと。合格はゴールじゃない、人生をパワーアップさせるための通過点に過ぎない。彼女の50歳のサイパンでの誕生日は、その最高の証明になりましたね。

宅建ダイナマイト校長 大澤 茂雄