宅建は大嫌いだった。泣きながら校長にLINEしたあの日から、私の逆襲が始まった。

それは6月。蒸し暑くなってきた夜。
2024年6月半ば。
生活向上のきっかけにしたいと某企業主催の不動産ビジネス系の講座を受講しようとしていた私は、当初、宅建試験を受けることになるとは露とも思っていなかった。
どちらかというと不動産の知識習得よりも、そのビジネス系の講座に入っていた「動画編集のカリキュラム」に興味を持っていたくらいだった。
宅建試験は昔、人から言われて嫌々、勉強をあまりせずに受けて2回ほど失敗していたし、2020年に思い直して某有名講座の、平易にまとめられたカラフルな紙面のテキストを購入したが、すぐに挫折していた。
宅建は「つまらない」「難しい」「自分には無理」というイメージがあったから、もう受験することはないと決めつけていたのだ。
ところが、そのビジネス系の講座のご担当者から別カリキュラムとして紹介された大澤先生(以下「おーさわ校長」)の「宅建ダイナマイト」のガイダンス動画の中で、おーさわ校長とひのきPさん(現・ひのきCEO)が「宅建は楽しい」と話されているのを拝見して、何故か心惹かれてしまった。
その話をご担当者にしたところ「挑戦してみましょう!」と背中を押されたのが、「宅建ダイナマイト」を受講したきっかけである。
当時は「つまらなければ、途中で止めればいいや」と思っていた。
途中でやめればいいや。
届いたテキストの表紙は派手なデザインであったが、中身はがっつり条文ベースである。
分野ごとになっているから持ち運びやすく、そんなところも気に入った。
いかにも「宅建の教材」といったデザインではないため、勉強のハードルが下がる。
音声講義を聞きながら、テキストにメモをして理解を深めていく。
(このメモは直前の見直しのときに非常に役立った。)
条文は読み慣れなかったが、校長のトークはいい具合に肩の力が抜けていて、時々脱線したり落語調なのが面白くて聞くのが苦じゃなかった。
さて、7月に入ってから滑り出しは好調のように見えて、1冊目の音声講義を聞き終わるのに3週間もかかってしまう。
というのも、実は私は同時期に、他の講座(毎日動画を視聴して、毎週授業を受け課題を提出する)を不動産以外にもやることが決まっていて、毎日勉強に充てられる時間が1~2時間しか無いうえに、机に座ってみて気分が乗らない時は勉強しないと決めていたから、宅建にかける時間がかなり少なかったからだ。
おーさわ校長とは「言い訳しない」と約束していたけれど、他の講座もせっかくのご縁だし無駄にはしたくない。
・・・どうするべきか。
そして夏。宅建なんて私には無理。泣いた。
「この調子では受験は無理ではないか」と諦めかけた頃、おーさわ校長から「8月から宅建(火木の勉強会。夜会ともいう。)」のお知らせが届く(私が受験した2024年時点でのカリキュラムはこうでした)。
8月からポイントをおさらいする勉強会(ZOOMでのオンラインセミナー)である。
私はこの夜会に間に合うよう、1.5~2倍速で音声講義を聞くことにした。
このとき、時間がないからと過去問解説の講義を受けずに飛ばしたのだが、この選択が後に自分を苦しめることになるのだった。
8月から9月にかけては、音声講義を倍速で必死に聞き、夜の勉強会に参加(ほとんど耳だけ参加)していたが、その間に初めてぎっくり腰になり、他の講座の卒業検定課題に1週間かけ、更に不動産ビジネス系講座の動画課題を1週間かけて制作したため、ようやく全ての音声講義を聞き終えたのは9月26日だった。
勇んで次の日から過去問に取り組むのだが、過去問解説の講義を飛ばしていたからか、驚くほど解けないのであった。
焦った私は、本屋に宅建のまとめ本を探しに行き、Youtubeでおすすめの宅建動画を視聴するなど、とにかく浮気をしまくった。
「5日でやる宅建試験勉強」という動画を見て、「まだ時間がある」なんて思ったりもした。
けれど焦って勉強しても、覚えたと思ったものが次の日には忘れている。
相変わらず過去問がちっとも解けない。
悔しくて、後悔して、泣いた。
浮気はやめた。完全に校長の大船に乗った瞬間。
そして10月2日、とうとう私はおーさわ校長にLINEで泣きついた。
お叱りの言葉をいただいても不思議じゃない状況だと思い逡巡したが、背に腹は代えられないと思って勇気を出した。
「過去問全く解けません。アドバイスください」と。
おーさわ校長からの返信は
「たかが宅建だから、いい意味でテキトーでもいいんじゃないすかね。」
「とはいえ、ベストは尽くしたいという思いもあるでしょうから、宅建業法は、過去問ぜんぶ覚えてやるという勢いで、わざとムキになってみるとか。」
「ムキになった経験(知識の定着)は来年に生きる。遊び感覚でいいっすよ。」
「舞台女優になったつもりで、つまりセリフだと思って(条文を読め)」
「合格するまでちゃんと面倒みるから」
(以上、抜粋、原文ママ)
だった。
そうか、たかが宅建だった、今年ダメでも校長がいるから大丈夫と思った。
完全に校長の大船に乗った瞬間だった。
浮気をやめた。
そこから私は、校長のアドバイス通りにムキになった。
「最後まで努力することだけは諦めない(自分なりに)」と決めた。
宅建業法の過去問をとにかく覚えた。
携帯に過去問アプリを入れて、隙間時間に宅建業法だけを解きまくった。
初めてギックリ首になったりしながら、気分が乗っているときは真剣に勉強した。
火曜木曜の夜の勉強会(ZOOMのオンラインセミナー)にもできるだけ参加して、ペースをつかんだ。
そして試験の1週間ほど前になると、宅建業法には飽きてしまい、他の分野にも手を出し始める。
校長のテキスト(条文)や、隙間に書いた自分のメモを読み返す。
法律ができた背景(理由や目的)を再確認する。
条文を読みながら、具体的な登場人物を想像してドラマを考えては爆笑していたりもしていた。
楽しんでいたし、夢中になっていた。
いつも宅建のことだけを考えていた。
他には、当日に重たい物を持っていきたくなくて、各分野ごとにA4用紙1枚と決めて、
「同じ部分」「違う部分」を抜き出しながら、自分なりにまとめの表を書いた。
書きながら覚えた。
毎日仕事の残業が2~3時間はあったので特急の作業であった。
そして迎えた試験日当日。
権利関係は背景を捉えたのみで過去問はほとんど取り組めていないし、通しでの過去問も1~2年分できただけ。
校長の模試も取り組めたのは2回分。
完全に準備不足だったが、それでも試験は今持てる力を出し切って挑もうと思った。
試験会場への持ち物は案内のハガキを何度も読んで事前に用意していた。
先輩方からのアドバイス通りに、試験だからといって特別なことをしない、特別な食事はとらない、当日の朝はいつもの食事を軽く食べるのがよいと聞き、その通りにした。
昼も少なくしておにぎりに、直前にブドウ糖の飴やゼリーを食べるのがよいと聞いて、それもぬかりなく用意した。
鞄を床に置くのが嫌いなので、念のために大きなビニール袋も持っていくことにした。(これは自分にとって、よい判断だった。)
準備は万端だ。
そうやって会場にドキドキしながら向かう道中、父が亡くなった病院の前を意図せず通るのだが、このとき、ずっと忘れていたことを思い出したのであった。
父が生前、何度か「宅建取れよ」と言っていたことを。
その度に私は「宅建なんか、嫌い。私には無理」と言って逃げていたことを。
父が何を思って宅建を勧めていたのか、今となってはもうわからないけれど、心の中で「お父さん、今ごろ受けることになって、ごめんなさい。一生懸命に頑張るから力を貸して。」とお願いして、さらにご先祖様と神様にも祈りながら会場に向かった。
試験は、何度も途中で心が折れそうになったけれど、「マークシートは解きながらつける」という勉強会での先輩からのアドバイスや、「人間の脳は一通り物事を終えると血流が悪くなるものだから、見直ししないように」というおーさわ校長のアドバイスを忠実に守りながら、全力で集中して取り組んだ。
試験の帰り道では疲れで歩みは遅かったけれど、やれることはやったと心は軽かった。
確信を持って解答できたのが34問だったから、来年の試験は45点取るぞと来年の学習計画を立てながら帰宅した。
そんな調子だったので、当日の夜に行われたおーさわ校長の解答速報ライブで39点とわかったときは、驚いて号泣してしまった。
月曜日から土曜日まで残業もある仕事をして、家のことをして、他の講座を受けて、Netflixの視聴をやめられなかった私がなぜ合格できたのかを考えてみると。
おーさわ校長の音声講座を最後まで退屈せずに聞けたこと(宅建試験の範囲にとどまらない話もあって、それがとても興味深くて面白かった)
校長の導きで、法律の枝葉ではなく本質を捉えることができていたこと
勉強会(ZOOM配信のオンラインセミナー)では校長から意見を聞かれたり、具体的な事例を題材に登場人物になりきって台詞のやり取り(校長いわく「小芝居」)をしたりするのだが、このおかげで、ただ単に記憶するだけでなく、思考したり想像したりする習慣が身についていたこと
校長や先輩方のアドバイスを全てやったこと(自分なりに)
最後の最後まで努力することだけは諦めなかったこと
ではないかと思う。
また家族の協力と、おーさわ校長はもちろんRE/MAXの不動産ビジネス系講座の担当の方、友人、他の講座の先生方や仲間、近所の方々から日々励ましの言葉をいただいていたし、勉強会の仲間や先輩方の存在も励みになった。
一人では、自分だけの力では辛い時期を乗り越えられなかった。
関わってくださった全ての方々に、お礼を申し上げたい。
そして、この合格を、天国にいる父に贈りたいと思う。
「宅建は大嫌いだった」。そう言い切るMIHOさんが、泣きながらLINEを送ってきたあの日を私は今も覚えています。
彼女の勝因は、準備の完璧さではありません。「自分には無理だ」という自己否定の壁を、自分の力で乗り越えたことにあります。過去問解説を飛ばして焦り、他の教材に浮気して空回りし、それでも最後は「合格する」と決断した瞬間から、彼女の本当の逆襲が始まりました。
試験会場で亡きお父様を想い、最後の一行まで諦めなかったあの集中力は、もう立派な宅建士のそれです。「自分は一人じゃない」と気づいた人間が手にする、39点という最強の証明書。素晴らしい逆転劇でした。
